九州・沖縄地方の経済産業省指定「伝統的工芸品」一覧・まとめ – 職人の熟練した匠の技によって生み出される珠玉の手仕事 / Traditional Crafts of Kyushu ~有田焼・博多織・久留米絣・薩摩焼・大島紬・琉球びんがた~
九州・沖縄地方の経済産業省指定「伝統的工芸品」一覧・まとめ – 職人の熟練した匠の技によって生み出される珠玉の手仕事 / Traditional Crafts of Kyushu ~有田焼・博多織・久留米絣・薩摩焼・大島紬・琉球びんがた~
九州・沖縄地方の伝統的工芸品の特徴と歴史的背景
九州・沖縄地方は福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島・沖縄の8県からなり、古代より東アジア大陸(中国・朝鮮半島)との交流の最前線として栄えてきた地域です。大陸から伝わった先進技術と日本独自の美意識が融合したことで、他地域とは一線を画する多彩な工芸文化が花開きました。現在、九州・沖縄地方には経済産業大臣指定の伝統的工芸品が38品目存在し、福岡7品目、佐賀2品目、長崎3品目、熊本4品目、大分1品目、宮崎2品目、鹿児島3品目、沖縄15品目(一部は鹿児島・宮崎との重複指定を含む)という豊かな構成になっています。
九州・沖縄の伝統的工芸品を俯瞰すると、いくつかの際立った特徴が浮かび上がります。第一に、陶磁器文化の圧倒的な集積です。16世紀末の文禄・慶長の役(豊臣秀吉の朝鮮出兵)を契機に、朝鮮半島から多くの陶工が九州各地に招かれ、それぞれの土地の陶土と融合することで独自の焼き物文化が花開きました。佐賀の伊万里焼・有田焼は日本初の磁器産地として世界的名声を博し、唐津焼は「一楽二萩三唐津」と称される茶陶の名品として知られます。長崎の三川内焼・波佐見焼、熊本の小代焼・天草陶磁器、鹿児島の薩摩焼、沖縄の壺屋焼と、九州全土に優れた陶磁器産地が点在していることは、日本の陶芸史における九州の特別な位置を物語っています。
第二の特徴は、世界に誇る染織文化の多様性です。福岡の博多織は770年以上の歴史を持つ絹織物であり、幕府への献上品「献上博多」として名高く、久留米絣は日本三大絣の一つに数えられます。鹿児島・宮崎の本場大島紬は世界に類を見ない「泥染め」と精緻な絣技法を持つ高級絹織物の最高峰です。そして沖縄では、琉球王国という独自の文化圏のもとで久米島紬・宮古上布・琉球絣・首里織・喜如嘉の芭蕉布など11もの織物が経済産業大臣指定を受けており、日本最大の染織工芸品集積地となっています。
第三に、琉球王国の独自文化に根ざした工芸品群の存在です。沖縄は1972年の本土復帰まで長く日本本土とは異なる歴史的経緯をたどってきた地域です。かつて独立した王国として中国・東南アジア・日本との交易を盛んに行った琉球王国の文化は、15品目にのぼる伝統的工芸品に色濃く反映されています。鮮やかな色彩で花鳥風月を描く琉球びんがた、王族・士族の衣装として格式を誇った首里織、堆錦という独自技法で知られる琉球漆器、「やちむん」と呼ばれる壺屋焼など、本土の工芸品とは根本的に異なる美意識と技法を持つ工芸品が揃っています。
第四として、大陸交易を通じた希少工芸品の発展も見逃せません。長崎べっ甲は南蛮貿易によって伝わったタイマイの甲羅を用いる唯一無二の工芸品であり、長崎が鎖国時代も唯一の貿易港として機能していたことで独自の発展を遂げました。また、熊本の肥後象がんは鉄に金銀を嵌め込む精緻な金属工芸として、武士の装身具から現代のアクセサリーへと継承されています。
「伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)」に基づき、経済産業大臣が指定する伝統的工芸品には、①主として日常生活の用に供されているもの、②製造過程の主要部分が手工業的であるもの、③伝統的技術または技法によって製造されるもの、④伝統的に使用されてきた原材料を使用していること、⑤一定の地域で産地形成されていること、という5つの要件をすべて満たすことが求められます。九州・沖縄地方の工芸品はいずれもこの厳格な要件を満たした、地域の歴史と職人の技が融合した真の手仕事の結晶です。本ページでは、各都道府県の詳細ページへのリンクとともに、九州・沖縄全体の工芸品を一覧で紹介します。
福岡県の伝統的工芸品 / Traditional Crafts of Fukuoka
福岡県は、古代より大陸(中国・朝鮮半島)との交流の玄関口として栄え、海外から伝わった先進的な技術と日本独自の美意識が融合することで、多彩な工芸文化が花開きました。博多は中世から国際貿易港として繁栄し、織物・陶磁器・人形など、さまざまな分野で高度な技術が培われてきた歴史があります。現在、福岡県には7つの経済産業大臣指定伝統的工芸品があります。織物(博多織・久留米絣)、陶磁器(小石原焼・上野焼)、仏壇(八女福島仏壇)、人形(博多人形)、提灯(八女提灯)と、その種類は多岐にわたります。
博多織 / Hakataori[Hakataori]
博多織は、鎌倉時代の1241年に博多の商人・満田弥三右衛門(みつだ やざえもん)が宋(中国)に渡り、織物の技法を持ち帰ったことに始まるとされる、770年以上の歴史を誇る絹織物です。その後、江戸時代に入り、筑前福岡藩の初代藩主・黒田長政が幕府への献上品として博多織を選んだことから、「献上博多(けんじょうはかた)」の名で全国にその品格と美しさが広く知られるようになりました。
博多織の最大の特徴は、経糸(たていと)を非常に多く使い、太い緯糸(よこいと)を強く打ち込む独自の織り方にあります。これにより、張りのある堅牢な風合いと、帯を締める際に「キュッキュッ」と鳴る絹鳴りが生まれます。代表的な文様である「献上柄」は、仏具の独鈷(どっこ)と華皿(はなざら)を交互に配したデザインで、魔除けや厄除けの意味が込められています。
伝統的には着物の帯(男帯・女帯)が主力製品でしたが、現在ではネクタイ、バッグ、財布、名刺入れなどの現代的なファッション小物にも幅広く展開されており、博多の伝統美を日常生活の中で楽しむことができます。
| 登録年 Designated |
1976年6月2日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
博多織 取扱店一覧 |
久留米絣 / Kurumekasuri[Kurumekasuri]
久留米絣は、江戸時代後期の1800年頃、久留米藩(現在の福岡県久留米市)の少女・井上伝(いのうえ でん)がわずか12〜13歳の時に考案したとされる綿織物です。色落ちした古着に現れた白い斑点模様に着想を得て、糸を括(くく)って染め分ける技法を独自に編み出したのが始まりとされています。日本三大絣(久留米絣・伊予絣・備後絣)の一つに数えられ、200年以上にわたり愛され続けている伝統織物です。
久留米絣の製造工程は約30工程にも及びます。図案に基づいて糸を一か所ずつ括り、藍甕(あいがめ)で繰り返し染色する「括り染め」の技法により、独特のかすれた模様(絣模様)が生み出されます。藍染めの深く美しい色合いと、綿素材ならではの素朴で温かみのある風合いが最大の特徴です。
綿素材のため肌触りがよく、洗うほどに風合いが増して柔らかくなるという実用的な魅力も持ち合わせています。伝統的な着物だけでなく、現代ではワンピース、シャツ、ストール、バッグなどのファッションアイテムや、クッションカバー、テーブルクロスなどのインテリア雑貨としても幅広い人気を集めています。
| 登録年 Designated |
1976年6月2日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
久留米絣 取扱店一覧 |
小石原焼 / Koishiwarayaki[Koishiwarayaki]
小石原焼は、福岡県朝倉郡東峰村(旧小石原村)で約350年以上の歴史を持つ陶器です。1682年に福岡藩の三代藩主・黒田光之が、肥前(現在の佐賀県)伊万里から陶工を招いて窯を開かせたことが始まりとされています。豊かな山間地の良質な陶土と、豊富な薪材に恵まれた小石原の地で、日用雑器を中心とした窯業が発展しました。
小石原焼の最大の特徴は、素朴で力強い幾何学的な装飾技法にあります。ろくろを回しながら鉋(かんな)の刃を当てて連続した模様を刻む「飛び鉋(とびかんな)」、刷毛で大胆に模様を付ける「刷毛目(はけめ)」、櫛状の道具で線模様を描く「櫛描き(くしがき)」、指で直接模様を付ける「指描き(ゆびがき)」、釉薬を流し掛ける「流し掛け」など、多彩な装飾技法が受け継がれています。
1958年のブリュッセル万国博覧会でグランプリを受賞したことで国際的にも高い評価を獲得しました。「用の美」を体現する民陶として、皿、碗、カップ、花器など日常使いの食器を中心に多彩な製品が作られており、実用性と美しさを兼ね備えた器として全国のファンに愛されています。
| 登録年 Designated |
1975年5月10日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
小石原焼 取扱店一覧 |
上野焼 / Aganoyaki[Aganoyaki]
上野焼は、福岡県田川郡福智町(旧上野地区)で400年以上の歴史を持つ陶器です。1602年、豊前国の大名で茶人としても名高い細川忠興(三斎)が、文禄・慶長の役の際に朝鮮から招いた陶工・尊楷(そんかい)に命じて、豊前国上野(あがの)の地に窯を開かせたのが始まりとされています。
茶人大名・細川忠興の洗練された美意識が色濃く反映された上野焼は、茶陶(ちゃとう)としての格調高さが際立っています。最大の特徴は、薄作りで軽やかな造形と、「上野の七釉(あがののななゆう)」と称される多彩な釉薬の変化にあります。藁灰釉(わらばいゆう)、銅緑釉(どうりょくゆう)、鉄釉(てつゆう)などを用いた深みのある色合いと、窯の中で偶然生まれる釉薬の変化が一つ一つ異なる景色を作り出します。
江戸時代には小倉藩の御用窯として栄え、茶道の大成者・小堀遠州が選んだ「遠州七窯(えんしゅうなながま)」の一つにも数えられました。現在も茶道具(茶碗、水指、花入など)を中心に、花器、食器など格調高い作品が職人の手で丁寧に作り続けられています。
| 登録年 Designated |
1983年4月27日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
上野焼 取扱店一覧 |
八女福島仏壇 / Yame Fukushima Butsudan[Yame Fukushima Butsudan]
八女福島仏壇は、福岡県八女市福島地区で約270年以上の歴史を持つ仏壇です。江戸時代中期の1750年頃、八女福島の指物師(さしものし)が仏壇の製造を始めたことがその起源とされています。八女地方は良質な木材(ヒノキ・スギなど)の産地であり、漆塗り・金箔・金具の技術も地域に集積していたことから、高品質な仏壇の一大産地として発展しました。
八女福島仏壇の最大の特徴は、7つの専門工程をそれぞれの熟練職人が分業で手がける総合工芸品であることです。木地(きじ)、宮殿(くうでん)、彫刻、金具、蒔絵(まきえ)、漆塗り、金箔押しの各工程において高度な技術が要求され、一つの仏壇の完成には数ヶ月から数年を要することもあります。
重厚で荘厳な造りと精緻な装飾が特徴で、内部の宮殿造り(寺院建築を模した構造)の精巧さは特に高く評価されています。仏教文化とともに日本の家庭で大切にされてきた仏壇は、職人たちの卓越した技術の結晶であり、八女福島仏壇はその最高峰の一つに位置づけられています。
| 登録年 Designated |
1977年3月30日 |
| 種類 Type |
仏壇・仏具 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
八女福島仏壇 取扱店一覧 |
博多人形 / Hakata Ningyou[Hakata Ningyou]
博多人形は、福岡市博多地区で約400年の歴史を持つ素焼きの土人形です。その起源は1600年頃、黒田長政の筑前入国に際して福岡城の瓦を製造した職人が、残った粘土を使って人形を作ったことに始まるとされています。江戸時代を通じて技術が磨かれ、明治時代にはパリ万国博覧会に出品されて国際的に高い評価を獲得し、「Hakata Doll」の名で海外にも広く知られるようになりました。
博多人形の最大の特徴は、釉薬を使わない素焼き(無釉)ならではの温かみのある質感と、職人が一筆一筆手作業で施す繊細で写実的な彩色にあります。粘土を型取りし、約900度で素焼きした後、顔料で丁寧に彩色するという工程で制作され、人物の表情や衣装のひだまで細やかに表現されます。
題材は多岐にわたり、優美な女性像を表現した「美人もの」、歌舞伎や能の場面を再現した「歌舞伎もの」「能もの」、愛らしい子どもの姿を描いた「童もの」、武士や歴史上の人物を題材にした「武者もの」などがあります。特に「博多美人」を表現した美人ものは博多人形の代名詞として広く親しまれており、贈答品やインテリアとしても高い人気を誇ります。
| 登録年 Designated |
1976年2月26日 |
| 種類 Type |
人形 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
博多人形 取扱店一覧 |
八女提灯 / Yame Chouchin[Yame Chouchin]
八女提灯は、福岡県八女市で200年以上の歴史を持つ提灯です。江戸時代後期の1816年頃、八女の荒巻文右衛門(あらまき ぶんえもん)が、一本の竹ひごを螺旋状に巻き上げて骨組みを作る独自の技法を考案し、提灯を製造したのが始まりとされています。この「一条螺旋式」の骨組みは、滑らかで美しい曲線を生み出し、八女提灯の品質を飛躍的に高めました。
八女提灯の特徴は、薄い和紙や絹を張った灯体に、草花・風景・山水・家紋などを一つ一つ手描きで絵付けする繊細な技法にあります。熟練した絵師が筆で直接描く絵柄は、灯りを灯した際に柔らかく浮かび上がり、幽玄な美しさを醸し出します。
特にお盆に故人を偲んで飾る「盆提灯」の産地として全国的に有名であり、日本一の生産量を誇ります。盆提灯のほかにも、住吉提灯、御殿丸提灯、門提灯、看板提灯など多種多様な形状・用途の提灯が作られています。近年ではモダンなデザインのインテリアライトや和風照明器具としても注目を集めており、伝統と現代のライフスタイルを結びつける工芸品として新たなファン層を獲得しています。
| 登録年 Designated |
2001年7月3日 |
| 種類 Type |
その他工芸品 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
八女提灯 取扱店一覧 |
佐賀県の伝統的工芸品 / Traditional Crafts of Saga
佐賀県は日本を代表するやきもの産地として世界的に知られています。豊臣秀吉の朝鮮出兵を契機に朝鮮半島から渡来した陶工たちによって花開いた佐賀の窯業文化は、400年以上の歴史を経て、華麗な色絵磁器の伊万里焼・有田焼と、素朴で力強い土味の唐津焼という、対照的でありながら互いに補い合う二つの伝統を育んできました。現在、佐賀県には2つの経済産業大臣指定伝統的工芸品があります。
伊万里焼・有田焼 / Imariyaki Aritayaki[Imariyaki Aritayaki]
伊万里焼・有田焼(いまりやき・ありたやき)は、佐賀県有田町を中心とする地域で生産される磁器の総称です。日本で最初に磁器の焼成に成功した産地として知られ、その歴史は1616年(元和2年)に朝鮮人陶工・李参平(りさんぺい)が有田の泉山で良質な磁石(じせき)を発見したことに始まります。
有田で焼かれた磁器は、江戸時代には近隣の伊万里港から積み出されたため「伊万里焼」の名で広く知られるようになりました。17世紀後半には、オランダ東インド会社(VOC)を通じてヨーロッパへ大量に輸出され、ドイツのマイセン窯をはじめとする欧州磁器の発展に大きな影響を与えました。特に、初代酒井田柿右衛門が完成させたとされる「濁手(にごしで)」と呼ばれる乳白色の素地に赤・緑・黄・青などの上絵具で華麗な文様を描く色絵磁器は、「柿右衛門様式」として世界中の王侯貴族に愛されました。
伊万里焼・有田焼の技法は多岐にわたり、素地の白さを活かした「白磁」、藍色の呉須(ごす)で文様を描く「染付(そめつけ)」、豪華絢爛な金彩を施した「金襴手(きんらんで)」、そして前述の「色絵」など、多彩な装飾技法が受け継がれています。1977年(昭和52年)に経済産業大臣指定伝統的工芸品に認定されました。現在も日常の食器から芸術作品まで幅広い製品が生産されており、毎年ゴールデンウィークに開催される「有田陶器市」には全国から多くの愛好家が訪れます。
| 登録年 Designated |
1977年10月14日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
| 主な産地 Main Production Area |
佐賀県有田町・伊万里市・武雄市ほか |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
伊万里焼・有田焼 取扱店一覧 |
唐津焼 / Karatsuyaki[Karatsuyaki]
唐津焼(からつやき)は、佐賀県唐津市を中心とする地域で焼かれる陶器の総称です。その歴史は戦国時代末期の天正年間(1580年代)に遡り、豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)に際して渡来した朝鮮人陶工たちが、唐津周辺の山中に窯を開いたことが本格的な始まりとされています。岸岳城主・波多氏の庇護のもと発展した「岸岳系」の古唐津は、日本のやきもの史において重要な位置を占めています。
唐津焼の最大の魅力は、土の質感を活かした素朴で力強い造形美にあります。西日本では古くから「一楽、二萩、三唐津」と称され、茶陶として最高級の評価を受けてきました。土味を大切にする唐津焼では、鉄分を含む赤土や砂混じりの粗い土など、地元産の多様な陶土が使われます。これに長石釉や藁灰釉、木灰釉などの自然釉を掛けて焼成することで、窯の中での炎の流れや灰の被りによって一つとして同じもののない景色が生まれます。
唐津焼には「絵唐津」「朝鮮唐津」「斑唐津(まだらからつ)」「粉引唐津」「三島唐津」「黒唐津」など多くの種類があり、それぞれに異なる技法と表情を持っています。中でも鉄絵具で草花や鳥などを大胆に描く「絵唐津」は唐津焼の代名詞的存在であり、飾らない筆致が茶人や愛好家を魅了し続けています。1988年(昭和63年)に経済産業大臣指定伝統的工芸品に認定されました。
| 登録年 Designated |
1988年6月9日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
| 主な産地 Main Production Area |
佐賀県唐津市 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
唐津焼 取扱店一覧 |
長崎県の伝統的工芸品 / Traditional Crafts of Nagasaki
長崎県は、古くから海外貿易の玄関口として栄え、中国やオランダ、ポルトガルなど異国の文化が交差する独特の歴史を持つ地域です。この国際色豊かな背景が、長崎県の伝統的工芸品にも大きな影響を与えています。大陸から伝わった陶磁器の技術が長崎の土地で独自に発展し、また南蛮貿易によってもたらされた素材や技法が職人たちの手で洗練されてきました。現在、長崎県には経済産業大臣指定の伝統的工芸品が3品目あります。
三川内焼 / Mikawachiyaki[Mikawachiyaki]
三川内焼(みかわちやき)は、長崎県佐世保市の三川内地区を中心に生産される陶磁器です。その起源は、16世紀末の文禄・慶長の役(朝鮮出兵)にさかのぼります。平戸藩主・松浦鎮信が朝鮮半島から連れ帰った陶工たちが、この地で窯を開いたのが始まりとされています。
三川内焼の最大の特徴は、純白の素地に藍色(呉須)で描かれる繊細な絵付けです。特に「唐子絵(からこえ)」と呼ばれる、中国風の子どもたちが遊ぶ姿を描いた文様は三川内焼を代表する意匠として広く知られています。江戸時代には平戸藩の御用窯として、将軍家や朝廷への献上品、さらにはオランダ東インド会社を通じてヨーロッパへも輸出され、「HIRADO」の名で高い評価を受けました。
現在も伝統的な透かし彫りや菊花飾りなどの高度な技法が受け継がれており、薄く精緻な造形と格調高い絵付けは、日本の白磁の最高峰のひとつとして評価されています。日用食器から美術工芸品まで幅広く制作されており、その品格ある佇まいは国内外の愛好家を魅了し続けています。
| 登録年 Designated |
1978年2月6日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
| 主な産地 Area |
長崎県佐世保市(三川内地区) |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
三川内焼 取扱店一覧 |
波佐見焼 / Hasamiyaki[Hasamiyaki]
波佐見焼(はさみやき)は、長崎県東彼杵郡波佐見町で生産される陶磁器です。三川内焼と同じく、文禄・慶長の役の際に朝鮮半島から渡来した陶工によって16世紀末に始まりました。当初は陶器が中心でしたが、17世紀初頭に良質の磁器原料が発見されたことで、磁器の生産へと転換しました。
波佐見焼の特徴は、日用食器としての実用性と手頃な価格、そしてモダンなデザイン性の融合にあります。江戸時代には「くらわんか碗」と呼ばれる庶民向けの丈夫な食器を大量に生産し、日本全国に流通させました。また、醤油や酒を入れる「コンプラ瓶」はオランダ東インド会社を通じて海外にも輸出され、国際的な評価も得ていました。
現在の波佐見焼は、伝統的な技法を守りつつも、若手作家やデザイナーとのコラボレーションによって現代的な感覚を取り入れた製品が数多く生み出されています。シンプルで洗練されたフォルム、日常使いに適した丈夫さ、そして手に取りやすい価格帯が支持され、近年は全国的に人気が急上昇しています。毎年4月に開催される「波佐見陶器まつり」には約30万人が訪れ、長崎県を代表する一大イベントとなっています。
| 登録年 Designated |
1978年2月6日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
| 主な産地 Area |
長崎県東彼杵郡波佐見町 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
波佐見焼 取扱店一覧 |
長崎べっ甲 / Nagasaki Bekko[Nagasaki Bekko]
長崎べっ甲(ながさきべっこう)は、長崎市を中心に製造されるべっ甲(鼈甲)細工です。べっ甲とは、熱帯海域に生息するタイマイ(玳瑁)というウミガメの甲羅を加工した天然素材で、その飴色の透明感と独特の美しい斑紋が特徴です。
長崎におけるべっ甲細工の歴史は、16世紀後半の南蛮貿易の時代にまでさかのぼります。ポルトガルや中国からの貿易船によって、タイマイの甲羅とともにその加工技術が長崎に伝えられました。鎖国時代にも唯一の貿易港であった長崎の出島を通じて原材料が安定的に供給され、長崎の職人たちは独自の技法を磨き上げていきました。江戸時代後期には、かんざしや櫛などの装飾品が武家や公家の間で珍重され、長崎べっ甲は高級工芸品としての地位を確立しました。
長崎べっ甲の製作において最も重要な工程は「貼り合わせ」です。タイマイの甲羅を薄く削り、熱と圧力だけで複数の甲羅を接着する技法で、接着剤を一切使用しません。この技術により、天然の甲羅では得られない厚みや大きさ、美しい模様の作品を生み出すことができます。現在も、かんざし・ブローチ・ネックレス・イヤリング・眼鏡フレームなど、多彩なアクセサリーや装飾品が製作されています。
| 登録年 Designated |
2016年1月26日 |
| 種類 Type |
その他工芸品 |
| 主な産地 Area |
長崎県長崎市 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
長崎べっ甲 取扱店一覧 |
熊本県の伝統的工芸品 / Traditional Crafts of Kumamoto
熊本県は、九州のほぼ中央に位置し、阿蘇山の雄大な自然と豊かな地下水に恵まれた「火の国」として知られています。古くから肥後国と呼ばれたこの地は、加藤清正や細川家による統治のもと、武家文化と町人文化が融合した独自の工芸文化を育んできました。熊本県には現在、4つの経済産業大臣指定伝統的工芸品があります。陶磁器2品目(小代焼・天草陶磁器)、金工品1品目(肥後象がん)、その他工芸品1品目(山鹿灯籠)と、それぞれ異なる分野で独自の技法と美意識が受け継がれています。
小代焼 / Shoudaiyaki[Shoudaiyaki]
小代焼(しょうだいやき)は、熊本県北部の荒尾市・南関町・長洲町を中心とする地域で焼かれる伝統的な陶器で、約400年の歴史を有します。その起源は江戸時代初期の慶長年間(1596〜1615年)に遡り、細川家の藩主が豊前国(現在の福岡県東部)から陶工を招いて窯を開かせたことに始まります。以来、肥後細川藩の御用窯として庇護を受けながら発展し、日用の器から茶陶まで幅広い作品が作られてきました。
小代焼の最大の特徴は、小岱山(しょうだいさん)周辺の鉄分を多く含む陶土と、藁灰釉(わらばいゆう)や長石釉を組み合わせた独特の釉薬表現にあります。高温で焼成することにより、青・黄・白・飴色などの釉薬が窯の中で複雑に溶け合い、「流し掛け」や「打ち掛け」と呼ばれる技法によって二重三重に重ねられた釉薬が、一つとして同じもののない偶然の美を生み出します。素朴で力強い造形と、自然が織りなす豊かな色彩の変化が小代焼の真骨頂であり、飯碗・皿・鉢・花器・酒器など日常使いの器として、また茶道の世界でも高く評価されています。
| 登録年 Designated |
2003年3月17日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
小代焼 取扱店一覧 |
天草陶磁器 / Amakusa Toujiki[Amakusa Toujiki]
天草陶磁器(あまくさとうじき)は、熊本県天草地方で生産される陶磁器の総称であり、約400年の歴史を持つ伝統的な焼き物です。天草は日本有数の陶石の産地として知られ、「天草陶石」は有田焼や清水焼など全国の有名産地にも原材料として供給されるほどの高品質を誇ります。
天草陶磁器の大きな特徴は、陶器と磁器の両方が一つの産地で作られている点にあります。天草には良質な陶土と陶石の両方が産出されるため、素朴で温かみのある陶器と、白く透明感のある磁器という異なる趣の焼き物が共存しています。特に天草陶石から作られる磁器は、純白できめ細かな肌合いが特徴で、その白さと透光性は国内最高水準と評されています。天草の美しい海と山に囲まれた環境の中で、約30の窯元がそれぞれの個性を発揮しながら作陶に取り組んでいます。
| 登録年 Designated |
2003年3月17日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
天草陶磁器 取扱店一覧 |
肥後象がん / Higo Zougan[Higo Zougan]
肥後象がん(ひごぞうがん)は、熊本県熊本市を中心に製造される伝統的な金属象嵌(ぞうがん)工芸品であり、その起源は約400年前の安土桃山時代に遡ります。肥後国(現在の熊本県)を治めた加藤清正が鉄砲や刀剣の鍔(つば)の装飾のために優れた金工職人を招いたことが始まりとされ、その後、細川家の藩政時代に「肥後金工」として大いに発展しました。特に江戸時代中期には林又七・平田彦三・西垣勘四郎・志水甚五などの名工が輩出され、肥後鍔(ひごつば)は武士の間で最高の装飾品として珍重されました。
肥後象がんの技法は、鉄の地金(じがね)に金や銀の薄板・線を嵌め込むという極めて精緻な金属工芸です。まず鉄の地金の表面に微細な布目状の溝(布目切り)を刻み、その溝に金や銀の薄板や線を置いて打ち込み、鉄と一体化させます。最後に地金を錆び出し仕上げにすることで、漆黒の鉄の上に金銀の文様が浮かび上がる、重厚で格調高い美が完成します。かつては刀装具の装飾が主でしたが、明治以降の廃刀令を経て、現在ではペンダント・ブローチ・タイピン・カフスボタン・ループタイなどのアクセサリーや装飾品に技法が応用されています。
| 登録年 Designated |
2003年3月17日 |
| 種類 Type |
金工品 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
肥後象がん 取扱店一覧 |
山鹿灯籠 / Yamaga Tourou[Yamaga Tourou]
山鹿灯籠(やまがとうろう)は、熊本県山鹿市で作られる和紙と糊(のり)だけで組み上げられる精巧な工芸品であり、その歴史は室町時代(約600年前)にまで遡るとされています。山鹿灯籠の起源には、景行天皇が九州巡幸の際に濃霧で進めなくなった折、山鹿の里人がたいまつを掲げてお迎えしたという伝説があり、以来、山鹿では灯籠を奉納する風習が受け継がれてきました。この風習は現在、毎年8月15・16日に行われる「山鹿灯籠まつり」として脈々と続いており、女性たちが金灯籠を頭に載せて踊る「千人灯籠踊り」は、日本を代表する夏の風物詩として全国的に知られています。
山鹿灯籠の最大の驚きは、木や金属を一切使わず、和紙と少量の糊だけで精密な造形物を作り上げる点にあります。代表的な作品である「金灯籠(かなとうろう)」は、薄い和紙を幾重にも貼り合わせて骨組みとし、柱・屋根・格子窓に至るまで全て和紙で精巧に再現されます。さらに、灯籠の種類は金灯籠にとどまらず、神殿造り・城造り・座敷造り・古式灯籠・矢壺灯籠など多彩なバリエーションがあり、実在する建築物を和紙で忠実に再現した作品は、その繊細さと精巧さにおいて他に類を見ません。2013年に経済産業大臣指定伝統的工芸品に選ばれました。
| 登録年 Designated |
2013年12月26日 |
| 種類 Type |
その他工芸品 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
山鹿灯籠 取扱店一覧 |
大分県の伝統的工芸品 / Traditional Crafts of Oita
大分県は、日本一の温泉地として名高い別府市を擁し、豊かな竹資源に恵まれた地域です。現在、大分県には経済産業大臣指定の伝統的工芸品が1品目あります。日本一のマダケ産地という自然の恵みと、温泉観光という地域資源が結びついて発展した別府竹細工は、室町時代から続く長い歴史を誇ります。
別府竹細工 / Beppu Takezaiku[Beppu Takezaiku]
別府竹細工(べっぷたけざいく)は、大分県別府市を中心に生産される竹製の工芸品です。大分県は日本一のマダケ(真竹)の産地であり、温暖で湿潤な気候と肥沃な土壌が良質な竹の生育に適しています。この豊かな竹資源を背景に、別府では古くから竹を用いた生活用品や工芸品の製造が盛んに行われてきました。
別府竹細工の歴史は室町時代にまで遡ります。当時、別府温泉を訪れる湯治客のために、地元の職人が竹で編んだ籠や笊(ざる)を日用品として販売していたことが起源とされています。江戸時代に入ると、別府温泉の知名度の高まりとともに竹細工は土産物として広く流通するようになり、日田(ひた)街道を通じて各地へ運ばれました。明治時代には、別府工業徒弟学校(現在の大分県立竹工芸訓練センターの前身)が設立され、竹細工の技術者育成が組織的に進められたことで、単なる日用品から芸術性の高い工芸品へと発展を遂げました。
別府竹細工の最大の特徴は、「編組(へんそ)」と呼ばれる竹ひごを編み込む技法にあります。基本となる編み方は「四つ目編み」「六つ目編み」「八つ目編み」「網代(あじろ)編み」「ござ目編み」「松葉編み」「菊底編み」「輪弧(りんこ)編み」の8種類があり、これらを組み合わせることで数百通りもの編み模様を生み出すことができます。職人はマダケを細く割り、表皮を薄く剥いだ竹ひごを一本一本丁寧に編み上げていきます。
| 登録年 Designated |
1979年8月3日 |
| 種類 Type |
竹工品 |
| 主な産地 Main Production Area |
大分県別府市 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
別府竹細工 取扱店一覧 |
宮崎県の伝統的工芸品 / Traditional Crafts of Miyazaki
宮崎県は、九州の南東部に位置し、日向灘に面した温暖な気候と豊かな自然に恵まれた地域です。「日向の国(ひゅうがのくに)」として古くから知られ、天孫降臨の神話が伝わる高千穂や、霧島連山の雄大な自然など、歴史と文化が深く根づいた土地柄です。宮崎県の経済産業大臣指定伝統的工芸品は2品目で、織物が1品目(本場大島紬)、武具が1品目(都城大弓)となっています。
本場大島紬(宮崎) / Honba Ohshima Tsumugi[Honba Ohshima Tsumugi]
本場大島紬(ほんばおおしまつむぎ)は、鹿児島県奄美大島を中心に、鹿児島市および宮崎県都城市周辺でも生産される日本を代表する高級絹織物です。その歴史は約1,300年前に遡るとされ、奄美大島の豊かな自然環境の中で独自の技法が育まれてきました。最大の特徴は、世界に類を見ない「泥染め」の技法です。島に自生する車輪梅(テーチ木)の煎汁で糸を繰り返し染めた後、鉄分を豊富に含む泥田に浸すことで、車輪梅のタンニンと泥の鉄分が化学反応を起こし、他では再現できない深く渋みのある独特の黒褐色が生まれます。
大島紬の製造工程は30以上にも及び、一反を完成させるまでに半年から1年以上を要します。特に「締機(しめばた)」と呼ばれる独自の絣加工技法は大島紬ならではのもので、絣筵(かすりむしろ)に精密な模様を織り込んでから染色を行うことで、極めて繊細で緻密な絣模様を実現しています。宮崎県の都城市周辺も古くからの産地の一つであり、現在も伝統の技を受け継ぐ職人たちが丹念に織り上げています。
| 登録年 Designated |
1975年2月17日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
本場大島紬 取扱店一覧 |
都城大弓 / Miyakonojou Daikyuh[Miyakonojou Daikyuh]
都城大弓(みやこのじょうだいきゅう)は、宮崎県都城市で生産される伝統的な竹弓で、日本国内の竹弓生産量の約9割を占める日本一の弓の産地として知られています。都城市は霧島山系の豊かな自然に囲まれ、弓づくりに適した良質な真竹(まだけ)や櫨(はぜ)の木が豊富に自生する恵まれた環境にあります。都城での弓づくりの歴史は江戸時代にまで遡り、薩摩藩の武術奨励の影響もあって弓師の技術が磨かれ、一大産地として発展してきました。
都城大弓の製造には、竹の選別から始まり、削り・矯め(ため)・張り合わせ・塗装に至るまで200以上の工程を経て完成します。真竹と櫨の木を芯材とし、これらを膠(にかわ)で貼り合わせ、籐(とう)を巻いて仕上げる「合わせ弓」の技法は、日本の弓道文化を支える重要な伝統技術です。竹のしなりを最大限に活かした弓は、独特の弾力と反発力を持ち、矢を放つ際の滑らかな引き心地と力強い射出力を両立させています。現在も数少ない弓師たちが一張り一張り手作業で仕上げており、弓道愛好家から篤い信頼を得ています。
| 登録年 Designated |
2002年4月4日 |
| 種類 Type |
武具 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
都城大弓 取扱店一覧 |
鹿児島県の伝統的工芸品 / Traditional Crafts of Kagoshima
鹿児島県は、九州最南端に位置し、南北約600kmに及ぶ広大な県域に本土と離島を擁する独自の風土を持つ地域です。江戸時代には薩摩藩(島津氏)が治め、琉球王国や東南アジアとの交易を通じて海外の文化・技術を積極的に取り入れながら、独自の工芸文化を育んできました。現在、鹿児島県には3つの経済産業大臣指定伝統的工芸品があります。織物(本場大島紬)、仏壇(川辺仏壇)、陶磁器(薩摩焼)と、それぞれ異なる分野で数百年の伝統を受け継ぐ職人たちの手によって、現在もなお大切に作り続けられています。
本場大島紬(鹿児島) / Honba Ohshima Tsumugi[Honba Ohshima Tsumugi]
本場大島紬は、鹿児島県奄美大島を主産地とする1,300年以上の歴史を持つ絹織物です。その起源は奈良時代(7〜8世紀)にまで遡るとされ、奄美大島の人々が島に自生するテーチ木(車輪梅/シャリンバイ)の樹皮を煮出した染料で糸を染めたことが始まりとされています。江戸時代には薩摩藩の厳しい管理下に置かれ、貢納品として藩に納められたことで技術が飛躍的に向上し、「紬の女王」と呼ばれるほどの最高級絹織物へと発展しました。
本場大島紬の最大の特徴は、世界でも類を見ない「泥染め(どろぞめ)」の技法にあります。テーチ木の煮汁に糸を繰り返し浸し、その後、奄美大島の鉄分を豊富に含む泥田に何度も漬け込むことで、テーチ木のタンニンと泥の鉄分が化学反応を起こし、独特の深く渋みのある黒褐色が生まれます。さらに、精緻な絣(かすり)模様は、締機(しめばた)で絣糸を作る「締機加工」という独自技法により実現され、一反の制作には約半年から1年以上を要します。
大島紬の絣模様は非常に細かく、1センチメートル四方に最大で約15〜18もの絣点を配することができ、その精密さは世界の織物の中でも最高水準に位置づけられています。軽くてしなやかな肌触りでありながら、耐久性にも優れ、着れば着るほど体に馴染み光沢が増すのも特徴です。
| 登録年 Designated |
1975年2月17日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
本場大島紬 取扱店一覧 |
川辺仏壇 / Kawanabe Butsudan[Kawanabe Butsudan]
川辺仏壇は、鹿児島県南九州市川辺町(旧川辺郡川辺町)を産地とする約470年以上の歴史を持つ仏壇です。その起源は室町時代末期の1560年頃とされ、当時の川辺地方で盛んであった仏教信仰を背景に、地元の木工職人たちが仏壇の製造を始めたことに端を発します。江戸時代に入ると薩摩藩の庇護のもとで技術がさらに洗練され、南九州最大の仏壇産地として確固たる地位を築きました。
川辺仏壇の最大の特徴は、8つの専門工程をそれぞれの熟練職人が完全分業制で手がける総合工芸品であることです。木地(きじ)、宮殿(くうでん)、彫刻、金具、蒔絵(まきえ)、漆塗り、金箔押し、組立の各工程を専門の職人が担当し、一つの仏壇に数十人もの職人の技が結集されます。特に、寺院建築を精密に模した宮殿造りの精巧さと、幾重にも塗り重ねられた漆の深い艶、そして手彫りによる繊細な彫刻装飾は、川辺仏壇を象徴する美の要素です。川辺地方は古くから「仏壇の里」として知られています。
| 登録年 Designated |
1975年5月10日 |
| 種類 Type |
仏壇・仏具 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
川辺仏壇 取扱店一覧 |
薩摩焼 / Satsumayaki[Satsumayaki]
薩摩焼は、鹿児島県内各地で約430年の歴史を持つ陶磁器です。その起源は1598年、文禄・慶長の役の際に薩摩藩主・島津義弘が朝鮮半島から約80名の陶工を連れ帰ったことに始まります。これらの陶工たちは薩摩の各地に窯を開き、朝鮮の高度な陶芸技術と薩摩の風土が融合することで、独自の陶磁器文化が花開きました。現在の主要な産地は、日置市美山(旧苗代川)、鹿児島市、姶良市(旧龍門司地区)などに広がっています。
薩摩焼の最大の特徴は、大きく「白薩摩(白もん)」と「黒薩摩(黒もん)」の二系統に分かれることです。白薩摩は、白い陶土にクリーム色の透明釉を掛けた上品な素地に、細かな貫入(かんにゅう=ひび割れ模様)が走り、その上に金彩・色絵で花鳥風月や武者絵などの精緻な絵付けを施した豪華絢爛な焼物です。かつては藩主・島津家への献上品や贈答品として制作され、「薩摩の白」として国際的に高い評価を獲得しました。一方、黒薩摩は、鉄分の多い陶土に黒い釉薬を掛けた素朴で力強い焼物で、庶民の日用雑器として茶碗・皿・焼酎の黒千代香(くろぢょか)などが作られてきました。
1867年のパリ万国博覧会に薩摩藩が独自に出品した白薩摩は、ヨーロッパで大きな反響を呼び、「SATSUMA」の名で世界中のコレクターを魅了しました。この万博出品は、日本の工芸品が国際的に認知される大きなきっかけの一つとなった歴史的な出来事です。
| 登録年 Designated |
2002年1月30日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
薩摩焼 取扱店一覧 |
沖縄県の伝統的工芸品 / Traditional Crafts of Okinawa
沖縄県は、かつて琉球王国として独自の文化圏を形成し、中国・東南アジア・日本本土との活発な交易を通じて、他の都道府県にはない独特の工芸文化を育んできました。亜熱帯の温暖な気候と豊かな自然に恵まれた沖縄では、芭蕉や苧麻(ちょま)といった植物繊維を活用した織物文化が特に発達し、経済産業大臣指定の伝統的工芸品は15品目にのぼります。これは全国の都道府県の中でも有数の多さです。内訳は、織物が11品目(久米島紬、宮古上布、読谷山花織、読谷山ミンサー、琉球絣、首里織、与那国織、喜如嘉の芭蕉布、八重山ミンサー、八重山上布、知花花織、南風原花織)、染色品が1品目(琉球びんがた)、陶磁器が1品目(壺屋焼)、漆器が1品目(琉球漆器)となっています。
久米島紬 / Kumejima Tsumugi[Kumejima Tsumugi]
久米島紬(くめじまつむぎ)は、沖縄本島の西方約100kmに位置する久米島で約500年以上の歴史を持つ絹織物です。15世紀頃に中国から養蚕技術が伝わったことに始まり、その後、琉球王府への貢納布として発展しました。最大の特徴は、島に自生する植物や泥を用いた天然染料による染色技法です。車輪梅(テカチ)の煎汁で染めた糸を泥田に浸して発色させる「泥染め」は、久米島紬ならではの深みのある独特の色合いを生み出します。糸の紡ぎから染め、織りまでの全工程を一人の職人が手作業で行う一貫生産方式も大きな特徴であり、2004年には国の重要無形文化財にも指定されました。
| 登録年 Designated |
1975年2月17日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
久米島紬 取扱店一覧 |
宮古上布 / Miyakojoubu[Miyakojoubu]
宮古上布(みやこじょうふ)は、宮古島で生産される日本を代表する上質な麻織物の一つです。苧麻(ちょま)の繊維を手績みした極めて細い糸を使い、緻密な絣(かすり)模様を織り上げる高度な技術が必要とされます。その歴史は16世紀に遡り、琉球王府時代には人頭税として貢納される布として織られていました。完成した布は藍染めの深い紺色に白い絣模様が映え、仕上げ工程では砧(きぬた)で丁寧に打つことで独特の光沢と滑らかな肌触りが生まれます。一反を織り上げるまでに数か月を要するほど手間のかかる工芸品であり、国の重要無形文化財にも指定されています。夏の着物地として最高級品の一つに数えられ、「東の越後上布、西の宮古上布」と称されるほどの名品です。
| 登録年 Designated |
1975年2月17日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
宮古上布 取扱店一覧 |
読谷山花織 / Yomitanzanhanaori[Yomitanzanhanaori]
読谷山花織(よみたんざんはなおり)は、沖縄本島中部の読谷村に伝わる色鮮やかな紋織物です。その起源は14〜15世紀頃、琉球が東南アジア諸国との交易で栄えた大交易時代に遡るとされ、南方から伝わった浮き織り技法を独自に発展させたものと考えられています。琉球王朝時代には王府の御用布として珍重され、読谷山の按司(地方領主)への献上品としても用いられました。経糸に色糸を浮かせて模様を織り出す「花織」技法により、幾何学的で華やかな紋様が生まれます。一度は途絶えかけた技術ですが、1964年に地元の有志の手で復興され、現在では帯地や着尺のほか、小物類にも展開されています。
| 登録年 Designated |
1976年6月2日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
読谷山花織 取扱店一覧 |
読谷山ミンサー / Yomitanzan Minsah[Yomitanzan Minsah]
読谷山ミンサー(よみたんざんみんさー)は、読谷村で織られる木綿素材の細帯(ミンサー帯)です。「ミンサー」という名称は「綿(ミン)で織られた幅の狭い(サー)帯」に由来するとされています。最大の特徴は、経畝(たてうね)のある地に絣模様を配した素朴で温かみのある風合いです。読谷山花織と同じく琉球王朝時代から続く織物で、木綿の手紡ぎ糸を使い、藍や植物染料で染めた糸を手織りで丁寧に織り上げます。普段着の帯として日常的に親しまれ、沖縄の暮らしに深く根ざした工芸品です。
| 登録年 Designated |
1976年6月2日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
読谷山ミンサー 取扱店一覧 |
琉球絣 / Ryukyukasuri[Ryukyukasuri]
琉球絣(りゅうきゅうかすり)は、沖縄本島南部を中心に生産される絣織物で、主に南風原町が産地として知られています。琉球の絣技法は、14〜15世紀に東南アジアから伝わったとされ、その後琉球独自の発展を遂げました。最大の特徴は、「御絵図帳(みえずちょう)」と呼ばれる琉球王府時代の図案集に由来する600種以上もの多彩な図柄です。トゥイグワー(鳥)、ビックー(亀甲)、ハナアーシー(花合わせ)など、沖縄の自然や生活をモチーフにした幾何学模様は、南国らしい明るさと軽やかさを感じさせます。絹糸や綿糸を用い、手括り・手織りによって一反一反丁寧に仕上げられ、夏の普段着や着尺として根強い人気を誇ります。
| 登録年 Designated |
1983年4月27日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
琉球絣 取扱店一覧 |
首里織 / Shuriori[Shuriori]
首里織(しゅりおり)は、琉球王国の都であった首里(現在の那覇市首里)で発展した格式高い織物の総称です。首里花織、首里道屯織(ロートン織)、首里花倉織、首里ミンサーなど多彩な織り技法が含まれ、その種類の豊富さは沖縄の織物の中でも際立っています。王府のお膝元として最高の技術と美意識が求められ、王族や士族の衣装として用いられてきた歴史があります。特に花倉織は琉球王府時代に王族の女性のみが着用を許された最高位の織物であり、経糸と緯糸の組み合わせによる繊細で格調高い紋様が特徴です。現在も首里の織り手たちが王朝文化の気品を受け継ぎ、着物や帯として制作を続けています。
| 登録年 Designated |
1983年4月27日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
首里織 取扱店一覧 |
与那国織 / Yonaguniori[Yonaguniori]
与那国織(よなぐにおり)は、日本最西端の島・与那国島で受け継がれてきた織物です。約500年の歴史を持つとされ、琉球王府時代には貢納布として織られていました。与那国織には、花織(ハナウィ)、シダディ(綾織)、ドゥタティ(板花織)、カガンヌブー(シダ模様の帯)など、島独自の多様な技法が含まれます。特にドゥタティは、花綜絖板を使って複雑な幾何学模様を織り出す技法で、与那国島でのみ伝承されている貴重な技術です。島に自生する植物から採取した天然染料による鮮やかな色彩と、南国の風土が育んだおおらかで力強い意匠が魅力です。
| 登録年 Designated |
1987年4月18日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
与那国織 取扱店一覧 |
喜如嘉の芭蕉布 / Kijoka no Bashoufu[Kijoka no Bashoufu]
喜如嘉の芭蕉布(きじょかのばしょうふ)は、沖縄本島北部・大宜味村喜如嘉で生産される、糸芭蕉の繊維を原料とした織物です。沖縄の芭蕉布の歴史は約600年以上に遡り、亜熱帯気候ならではの植物繊維を活かした衣料として琉球の人々の暮らしに欠かせないものでした。糸芭蕉の栽培から繊維の採取、糸づくり、染め、織りまで約40もの工程をすべて手作業で行い、一反を完成させるまでに膨大な手間と時間を要します。織り上がった布は軽くて通気性に優れ、独特のシャリ感と自然な光沢があり、高温多湿の沖縄の気候に最適な夏の衣料です。1974年には国の重要無形文化財に指定されました。
| 登録年 Designated |
1988年6月9日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
喜如嘉の芭蕉布 取扱店一覧 |
八重山ミンサー / Yaeyama Minsah[Yaeyama Minsah]
八重山ミンサー(やえやまみんさー)は、石垣島や竹富島を中心とする八重山諸島で織られる木綿の細帯です。最大の特徴は、五つの絣と四つの絣を交互に配した意匠で、これには「いつ(五つ)の世(四つ)までも末永く」という想いが込められています。かつて八重山の女性が愛する男性に贈る求愛の証として織られた歴史があり、恋の織物としてのロマンチックな伝統を今に伝えています。藍色を基調とした落ち着いた色合いに、素朴で温かみのある絣模様が並ぶ姿は、八重山の穏やかな島の暮らしを映し出すようです。現在では伝統的な帯のほか、コースターやブックカバー、バッグなど現代の暮らしに馴染む多彩な製品にも展開され、沖縄土産としても広く親しまれています。
| 登録年 Designated |
1989年4月11日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
八重山ミンサー 取扱店一覧 |
八重山上布 / Yaeyamajoufu[Yaeyamajoufu]
八重山上布(やえやまじょうふ)は、石垣島を中心とする八重山諸島で生産される苧麻(ちょま)を原料とした上質な麻織物です。約400年以上の歴史を持ち、琉球王府時代には貢納布として織られていました。最大の特徴は、白地に茶色の絣模様が映える清涼感あふれる外観です。紅露(クール)と呼ばれる八重山に自生する植物の根から採取した染料で絣糸を染め、海水に晒すことで独特の風合いを生み出す「海晒し」の工程は、八重山上布ならではの伝統技法です。軽くて通気性に優れ、洗うほどに風合いが増す特性から、夏の着物地として高い人気があります。
| 登録年 Designated |
1989年4月11日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
八重山上布 |
琉球びんがた / Ryukyu Bingata[Ryukyu Bingata]
琉球びんがた(りゅうきゅうびんがた)は、沖縄を代表する伝統的な染色技法であり、琉球王朝時代から約500年の歴史を持つ染色工芸品です。「びんがた」の語源は、「紅型」の字をあて、「紅(びん)」は色彩全般を、「型(がた)」は模様を意味するとされています。京友禅や加賀友禅と並ぶ日本三大染色の一つに数えられ、沖縄の強い日差しに映える鮮やかな色彩と、花鳥風月や波、雲などを大胆にデザインした独特の模様が特徴です。型紙を用いて防染糊を置き、顔料と天然染料を刷毛で摺り込む「型染め」と、手描きで染める「筒描き」の二つの技法があります。琉球王朝時代には王族・士族の礼装として厳格に管理され、身分によって使用できる色や模様が定められていました。
| 登録年 Designated |
1984年5月31日 |
| 種類 Type |
染色品 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
琉球びんがた 取扱店一覧 |
壺屋焼 / Tsuboyayaki[Tsuboyayaki]
壺屋焼(つぼややき)は、那覇市壺屋地区を発祥とする沖縄を代表する陶器です。1682年、琉球王府が美里(現沖縄市知花)、宝口(那覇市湧田)、涌田の三か所に分散していた窯場を壺屋に統合したことが始まりとされています。壺屋焼には大きく分けて二つの系統があります。一つは釉薬を掛けずに約1,000度で焼き締める「荒焼(あらやち)」で、水甕や泡盛の甕など大型の容器が主な製品です。もう一つは釉薬を施して約1,200度で焼成する「上焼(じょうやち)」で、食器や花器など装飾的な器が作られます。上焼には魚や唐草、エビなどの伝統的な絵付けが施され、沖縄の自然をモチーフにしたおおらかで力強いデザインが魅力です。現在では壺屋のほか読谷村にも窯元が点在し、伝統を守りつつ現代の食卓にも馴染む多様なやちむん(焼き物)が生み出されています。
| 登録年 Designated |
1976年6月2日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
壺屋焼 取扱店一覧 |
琉球漆器 / Ryukyushikki[Ryukyushikki]
琉球漆器(りゅうきゅうしっき)は、琉球王朝時代から約500年以上の歴史を持つ沖縄独自の漆工芸品です。14〜15世紀に中国から漆芸技術が伝わり、琉球王府の庇護のもとで独自の発展を遂げました。最大の特徴は、沖縄の温暖な気候を活かした「堆錦(ついきん)」と呼ばれる独自の加飾技法です。漆に顔料を混ぜて練り上げた餅状の素材を薄く延ばし、模様の形に切り抜いて器の表面に貼り付けるこの技法は、琉球でのみ発達した世界的にも類を見ない技術です。そのほか、沈金(ちんきん)や螺鈿(らでん)、箔絵なども用いられ、熱帯の花々や鳳凰、龍などの華やかな意匠が施されます。下地材にはデイゴやセンダンなど沖縄に自生する木材が使われ、高温多湿の気候に強い堅牢な仕上がりが特徴です。琉球王国時代には中国や日本への献上品・交易品として高い評価を受け、現在も食器や装飾品として沖縄の暮らしと文化を彩り続けています。
| 登録年 Designated |
1986年3月12日 |
| 種類 Type |
漆器 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
琉球漆器 取扱店一覧 |
知花花織 / Chibana Hanaori[Chibana Hanaori]
知花花織(ちばなはなおり)は、沖縄市知花(旧美里村知花)地域に伝わる花織の一種で、2012年に経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されました。その歴史は琉球王朝時代に遡り、地域の祭祀行事や神事に用いる衣装として織られてきたとされています。最大の特徴は、経糸を浮かせて模様を織り出す「経浮き花織(たてうきはなおり)」の技法です。沖縄の花織の多くが緯糸を浮かせて模様を作るのに対し、知花花織では経糸で模様を表現する独特の手法が用いられ、これは全国的にも珍しい技法とされています。一度は途絶えかけましたが、地元の保存会を中心とした復興活動により技術が受け継がれています。
| 登録年 Designated |
2012年7月25日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
知花花織 取扱店一覧 |
南風原花織 / Haebaru Hanaori[Haebaru Hanaori]
南風原花織(はえばるはなおり)は、那覇市に隣接する南風原町で織られる花織で、2017年に経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定された沖縄県で最も新しい指定品目です。南風原町は古くから織物の盛んな地域で、琉球絣の主要産地としても知られていますが、花織についても独自の技法が受け継がれてきました。南風原花織の特徴は、裏面に浮き糸(裏花)が現れる「クヮンクヮン花織」や「チップガサー(両面浮花織)」などの技法にあります。表と裏で異なる表情を見せる立体的な織り模様は、南風原花織ならではの魅力です。色鮮やかな糸を使った華やかな花模様は、帯地や着尺として着物愛好家の間で高い評価を得ています。
| 登録年 Designated |
2016年 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
南風原花織 取扱店一覧 |
九州・沖縄地方の伝統的工芸品まとめ
九州・沖縄地方の経済産業大臣指定伝統的工芸品は、福岡7品目・佐賀2品目・長崎3品目・熊本4品目・大分1品目・宮崎2品目・鹿児島3品目・沖縄15品目という豊かな集積を誇り、いずれも地域の歴史・風土・文化が育んだ個性豊かな手仕事の結晶です。九州・沖縄の工芸文化を貫く最も重要なテーマは「大陸との交流がもたらした技術の開花」にあります。文禄・慶長の役を契機に朝鮮半島から渡来した陶工たちが各地で窯を開き、それぞれの土地の陶土と釉薬文化と融合することで、伊万里焼・有田焼・唐津焼・三川内焼・波佐見焼・小代焼・天草陶磁器・薩摩焼・壺屋焼と、日本随一の陶磁器文化圏が九州全域に形成されました。これほど多様な陶磁器産地が一地方に集中している例は、世界的に見ても稀有なことです。
染織の分野においても、九州・沖縄は突出した存在感を放っています。博多の鎌倉時代を起源とする博多織、江戸時代の少女の発想が生み出した久留米絣、奄美大島の泥田と亜熱帯植物が生み出す本場大島紬、そして琉球王国の王府文化が15品目もの工芸品を育んだ沖縄の染織群——これらはいずれも、その土地の自然と人の暮らしが長い年月をかけて磨き上げた、他では決して再現できない染織芸術です。特に沖縄の染織品は、独立した文化国家として中国・東南アジアと交易を重ねた琉球王国の歴史を直接体現しており、日本本土の工芸品とは根本的に異なる美意識と哲学を宿しています。
さらに、熊本の肥後象がん(武士の金属工芸)、長崎べっ甲(南蛮貿易由来の鼈甲細工)、宮崎の都城大弓(弓道を支える竹弓)、大分の別府竹細工(温泉地が育んだ竹工芸)、熊本の山鹿灯籠(和紙だけで作られる精巧な建築模型)など、陶磁器や染織以外の分野でも九州・沖縄の工芸品は個性的な輝きを放っています。仏壇においても、八女福島仏壇(福岡)と川辺仏壇(鹿児島)という二大産地を擁し、日本の仏教文化を根底で支えてきた深い職人技が今日まで継承されています。
各産地では工房見学・体験施設・ミュージアムが整備されており、有田陶器市(佐賀)、波佐見陶器まつり(長崎)、山鹿灯籠まつり(熊本)など、工芸品と深く結びついた祭りやイベントも地域の魅力として輝いています。九州・沖縄を旅する際には、各地の工芸産地を訪ね、職人の技と地域の風土が融合した珠玉の手仕事に触れてみてください。

