鹿児島県の経済産業省指定「伝統的工芸品」一覧・まとめ – 職人の熟練した匠の技によって生み出される珠玉の手仕事 / Traditional Crafts of Kagoshima ~伝統的工芸品が購入できるショップ・取扱店一覧~
日本には古くから、各地域の風土・文化に根ざした手工業による日常生活用品が数多く存在しています。これらのうち、「伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)」に基づき、経済産業大臣が以下の要件を満たすものとして指定したものが「経済産業大臣指定伝統的工芸品」です。
- 主として日常生活の用に供されているもの
- 製造過程の主要部分が手工業的であるもの
- 伝統的技術または技法によって製造されるもの
- 伝統的に使用されてきた原材料を使用していること
- 一定の地域で産地形成されていること
鹿児島県は、九州最南端に位置し、南北約600kmに及ぶ広大な県域に本土と離島を擁する独自の風土を持つ地域です。江戸時代には薩摩藩(島津氏)が治め、琉球王国や東南アジアとの交易を通じて海外の文化・技術を積極的に取り入れながら、独自の工芸文化を育んできました。特に、16世紀末の文禄・慶長の役で朝鮮半島から招いた陶工たちが薩摩の陶芸に革新をもたらし、また奄美大島の亜熱帯の自然環境が世界に類を見ない染織技法を生み出すなど、本土と離島それぞれの地域特性が豊かな工芸の土壌となっています。
現在、鹿児島県には3つの経済産業大臣指定伝統的工芸品があります。織物(本場大島紬)、仏壇(川辺仏壇)、陶磁器(薩摩焼)と、それぞれ異なる分野で数百年の伝統を受け継ぐ職人たちの手によって、現在もなお大切に作り続けられている珠玉の手仕事です。
このページでは、鹿児島県が誇る3つの伝統的工芸品それぞれの歴史・特徴・技法を詳しく紹介するとともに、実際に購入できるショップ・取扱店情報もあわせて掲載しています。鹿児島を訪れる際のお土産選びや、日本の伝統文化への理解を深めるための参考としてご活用ください。
鹿児島県の経済産業省指定「伝統的工芸品」一覧・まとめ – 職人の熟練した匠の技によって生み出される珠玉の手仕事 / Traditional Crafts of Kagoshima ~伝統的工芸品が購入できるショップ・取扱店一覧~
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本場大島紬 / Honba Ohshima Tsumugi[Honba Ohshima Tsumugi]
本場大島紬は、鹿児島県奄美大島を主産地とする1,300年以上の歴史を持つ絹織物です。その起源は奈良時代(7〜8世紀)にまで遡るとされ、奄美大島の人々が島に自生するテーチ木(車輪梅/シャリンバイ)の樹皮を煮出した染料で糸を染めたことが始まりとされています。江戸時代には薩摩藩の厳しい管理下に置かれ、貢納品として藩に納められたことで技術が飛躍的に向上し、「紬の女王」と呼ばれるほどの最高級絹織物へと発展しました。
本場大島紬の最大の特徴は、世界でも類を見ない「泥染め(どろぞめ)」の技法にあります。テーチ木の煮汁に糸を繰り返し浸し、その後、奄美大島の鉄分を豊富に含む泥田に何度も漬け込むことで、テーチ木のタンニンと泥の鉄分が化学反応を起こし、独特の深く渋みのある黒褐色が生まれます。この染色工程だけでも数十回に及ぶ手作業が必要です。さらに、精緻な絣(かすり)模様は、締機(しめばた)で絣糸を作る「締機加工」という独自技法により実現され、一反の制作には約半年から1年以上を要します。
大島紬の絣模様は非常に細かく、1センチメートル四方に最大で約15〜18もの絣点を配することができ、その精密さは世界の織物の中でも最高水準に位置づけられています。軽くてしなやかな肌触りでありながら、耐久性にも優れ、着れば着るほど体に馴染み光沢が増すのも特徴です。伝統的な着物としてはもちろん、現在ではバッグ、財布、ネクタイ、ストールなどの小物にも展開されており、奄美の自然が生み出す唯一無二の染織芸術として国内外で高い評価を受けています。
| 登録年 Designated |
1975年2月17日 |
| 種類 Type |
織物 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
本場大島紬 取扱店一覧 |
川辺仏壇 / Kawanabe Butsudan[Kawanabe Butsudan]
川辺仏壇は、鹿児島県南九州市川辺町(旧川辺郡川辺町)を産地とする約470年以上の歴史を持つ仏壇です。その起源は室町時代末期の1560年頃とされ、当時の川辺地方で盛んであった仏教信仰を背景に、地元の木工職人たちが仏壇の製造を始めたことに端を発します。江戸時代に入ると薩摩藩の庇護のもとで技術がさらに洗練され、南九州最大の仏壇産地として確固たる地位を築きました。
川辺仏壇の最大の特徴は、8つの専門工程をそれぞれの熟練職人が完全分業制で手がける総合工芸品であることです。木地(きじ)、宮殿(くうでん)、彫刻、金具、蒔絵(まきえ)、漆塗り、金箔押し、組立の各工程を専門の職人が担当し、一つの仏壇に数十人もの職人の技が結集されます。特に、寺院建築を精密に模した宮殿造りの精巧さと、幾重にも塗り重ねられた漆の深い艶、そして手彫りによる繊細な彫刻装飾は、川辺仏壇を象徴する美の要素です。
原材料には、ヒノキ・スギ・ケヤキなど良質な国産木材が使用され、金箔・金粉による荘厳な装飾が施されます。川辺地方は古くから「仏壇の里」として知られ、町のいたるところに仏壇工房が点在する独特の景観を持っています。仏教文化とともに日本の家庭で祈りの場として大切にされてきた仏壇は、職人たちの卓越した技術の結晶であり、川辺仏壇はその品格と重厚さにおいて全国でも高い評価を受け続けています。
| 登録年 Designated |
1975年5月10日 |
| 種類 Type |
仏壇・仏具 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
川辺仏壇 取扱店一覧 |
薩摩焼 / Satsumayaki[Satsumayaki]
薩摩焼は、鹿児島県内各地で約430年の歴史を持つ陶磁器です。その起源は1598年、文禄・慶長の役の際に薩摩藩主・島津義弘が朝鮮半島から約80名の陶工を連れ帰ったことに始まります。これらの陶工たちは薩摩の各地に窯を開き、朝鮮の高度な陶芸技術と薩摩の風土が融合することで、独自の陶磁器文化が花開きました。現在の主要な産地は、日置市美山(旧苗代川)、鹿児島市、姶良市(旧龍門司地区)などに広がっています。
薩摩焼の最大の特徴は、大きく「白薩摩(白もん)」と「黒薩摩(黒もん)」の二系統に分かれることです。白薩摩は、白い陶土にクリーム色の透明釉を掛けた上品な素地に、細かな貫入(かんにゅう=ひび割れ模様)が走り、その上に金彩・色絵で花鳥風月や武者絵などの精緻な絵付けを施した豪華絢爛な焼物です。かつては藩主・島津家への献上品や贈答品として制作され、「薩摩の白」として国際的に高い評価を獲得しました。一方、黒薩摩は、鉄分の多い陶土に黒い釉薬を掛けた素朴で力強い焼物で、庶民の日用雑器として茶碗・皿・焼酎の黒千代香(くろぢょか)などが作られてきました。
1867年のパリ万国博覧会に薩摩藩が独自に出品した白薩摩は、ヨーロッパで大きな反響を呼び、「SATSUMA」の名で世界中のコレクターを魅了しました。この万博出品は、日本の工芸品が国際的に認知される大きなきっかけの一つとなった歴史的な出来事です。現在も白薩摩の繊細な金襴手(きんらんで)の美術工芸品から、黒薩摩の温かみある日常食器まで、幅広い製品が熟練の陶工たちの手によって作り続けられており、薩摩の歴史と文化を今に伝える貴重な伝統工芸品として親しまれています。
| 登録年 Designated |
2002年1月30日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
薩摩焼 取扱店一覧 |

