佐賀県の国宝(建造物) 一覧・まとめ / National Treasure of Japanese Buildings in Saga ~旅行のみどころになる日本国民の宝と指定された神社、寺、城、住宅等の重要文化財~
日本の国宝とは、文化財保護法(昭和25年法律第214号)によって国が指定した重要文化財のうち、世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるものであるとして国(文部科学大臣)が指定したものを指します。国宝は日本の文化遺産の中でも最高位に位置づけられ、文化審議会の答申を経て指定が行われます。
法律の観点では国宝は重要文化財の一種であり、国宝の分類には建造物(神社、寺院、城郭、住宅等)、絵画、彫刻、工芸品、書跡・典籍、古文書、考古資料・歴史資料があります。建造物の国宝は京都府・奈良県に多く集中していますが、全国各地にも点在しており、その土地の歴史と文化を今に伝えています。
今回はそのような国宝の中から、各都道府県の旅行のみどころにもなってくる「建造物」に分類される国宝を紹介します。
佐賀県の国宝(建造物) 一覧・まとめ / National Treasure of Japanese Buildings in Saga ~旅行のみどころになる日本国民の宝と指定された神社、寺、城、住宅等の重要文化財~
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国宝(建造物)の登録無し
佐賀県には、現時点で文化財保護法に基づく国宝(建造物)に指定された建物はありません。ただし、佐賀県は弥生時代の大規模集落遺跡である吉野ヶ里遺跡をはじめ、肥前国の歴史と文化を今に伝える貴重な歴史的建造物や文化遺産を数多く有しています。また、日本の磁器発祥の地として有田焼・伊万里焼の伝統が息づく地でもあり、旅行の際には重要文化財をはじめとする歴史的建造物や文化施設を巡ることで、佐賀県の豊かな歴史と文化に触れることができます。
佐賀県に国宝建造物が存在しない歴史的背景
佐賀県(旧肥前国)は、古代から大陸との交流窓口として重要な役割を果たしてきた地域です。唐津(からつ)は古くから朝鮮半島や中国大陸への渡航拠点であり、「唐(から)に渡る津(港)」がその名の由来とされています。大陸に近い要衝であったがゆえに、歴史の転換点ではたびたび動乱の影響を受けてきました。
戦国時代には龍造寺氏と少弐氏の抗争をはじめとする度重なる戦乱が繰り広げられ、多くの寺社仏閣や城郭が戦火により焼失しました。文禄・慶長の役(1592年〜1598年)では豊臣秀吉が東松浦郡に名護屋城を築き、朝鮮出兵の最前線基地としましたが、秀吉の死後に城は廃城となり解体されました。
江戸時代には佐賀藩(鍋島藩)のもとで安定した治世が続きましたが、明治維新後の1874年(明治7年)に佐賀の乱が勃発し、佐賀城をはじめとする城下町の建造物が大きな被害を受けました。さらに佐賀藩は幕末から明治期にかけて日本有数の近代化推進藩であり、洋式技術の導入に積極的であったことから、伝統的な建造物よりも近代的な施設の整備が優先された側面もあります。こうした歴史的経緯が重なり、国宝に指定されるほど古い時代の建造物が現存に至らなかったと考えられています。
佐賀県の主な歴史的建造物・文化遺産
佐賀県には国宝建造物こそないものの、国の特別史跡・重要文化財をはじめとする歴史的建造物や文化遺産が数多くあり、旅行のみどころとして訪れる価値が十分にあります。
吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき)/ Yoshinogari Ruins
佐賀県神埼郡吉野ヶ里町と神埼市にまたがる弥生時代の大規模環壕集落遺跡で、国の特別史跡に指定されています。約50ヘクタールにおよぶ広大な敷地には、物見櫓や竪穴住居、高床倉庫、祭殿などが復元されており、弥生時代の生活や社会構造を体感することができます。「魏志倭人伝」に記された邪馬台国との関連も指摘されており、日本古代史を語るうえで欠かせない遺跡です。現在は「吉野ヶ里歴史公園」として整備され、年間を通じて多くの来場者が訪れています。
名護屋城跡(なごやじょうあと)/ Nagoya Castle Ruins
唐津市鎮西町に所在する城跡で、国の特別史跡に指定されています。文禄元年(1592年)に豊臣秀吉が朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の前線基地として築かせた城で、当時の規模は大坂城に次ぐ日本屈指の巨城であったとされています。城の周囲には徳川家康、前田利家、伊達政宗をはじめとする全国の大名約130の陣跡が残り、その規模の壮大さは戦国時代末期の日本の国力を物語っています。佐賀県立名護屋城博物館が併設されており、日本と朝鮮半島の交流の歴史を学ぶことができます。
祐徳稲荷神社(ゆうとくいなりじんじゃ)/ Yutoku Inari Shrine
鹿島市に鎮座する神社で、京都の伏見稲荷大社、茨城の笠間稲荷神社と並び日本三大稲荷のひとつに数えられています。貞享4年(1687年)に肥前鹿島藩主・鍋島直朝の夫人である花山院萬子媛(かざんいんまんこひめ)が、朝廷の勅願所であった稲荷大神の御分霊を勧請したことに始まります。山の斜面に建てられた本殿は「懸造り(かけづくり)」と呼ばれる壮大な建築様式で、京都の清水寺を思わせる迫力ある景観が特徴です。年間約300万人の参拝者が訪れる佐賀県を代表する観光名所です。
武雄温泉楼門・新館(たけおおんせんろうもん・しんかん)/ Takeo Onsen Tower Gate and New Building
武雄市にある国の重要文化財に指定された建造物です。大正4年(1915年)に東京駅の設計者として知られる辰野金吾の設計により建てられました。辰野金吾は佐賀県(旧唐津藩)出身であり、故郷への思いを込めて設計したとされています。竜宮城を思わせる朱塗りの楼門は、和洋折衷の独特な意匠が見事であり、近代建築の傑作として高く評価されています。武雄温泉は約1,300年の歴史を持ち、「肥前風土記」にも記述がある名湯で、神功皇后が凱旋の際に刀の柄で岩を突いたところ湯が湧き出たという伝説が残されています。
佐賀城跡・佐賀城本丸歴史館(さがじょうあと)/ Saga Castle Ruins and Honmaru History Museum
佐賀市城内に所在する佐賀藩鍋島氏の居城跡です。慶長16年(1611年)に鍋島直茂・勝茂父子が築城し、佐賀藩35万7千石の政治の中心として栄えました。度重なる火災や佐賀の乱(1874年)の戦火により多くの建造物が失われましたが、鯱の門と続櫓は往時の姿を今に伝え、国の重要文化財に指定されています。2004年には本丸御殿が木造復元され「佐賀城本丸歴史館」として開館しており、幕末維新期における佐賀藩の先進的な取り組みや、大隈重信・江藤新平・副島種臣ら多くの偉人を輩出した歴史を紹介しています。
大興善寺(だいこうぜんじ)/ Daikozenji Temple
三養基郡基山町に所在する天台宗の古刹で、養老元年(717年)に行基によって開創されたと伝えられています。本尊の十一面観世音菩薩は行基自らが彫刻したものと伝わり、重厚な歴史を感じさせます。境内の裏山に広がる「契園(ちぎりえん)」は、春のつつじ(約5万本)と秋の紅葉の名所として広く知られ、「つつじ寺」の愛称で親しまれています。1,300年を超える歴史と四季折々の自然美が調和した佐賀県を代表する名刹です。
有田の歴史的町並みと泉山磁石場(ありたのれきしてきまちなみといずみやまじせきば)/ Arita Historic Townscape and Izumiyama Quarry
西松浦郡有田町は、日本の磁器発祥の地として400年以上の歴史を持つ陶磁器の里です。元和2年(1616年)に朝鮮人陶工・李参平が泉山で磁器の原料となる陶石を発見したことに始まり、以来、有田焼(伊万里焼)は日本を代表する磁器として世界に知られるようになりました。泉山磁石場は国の史跡に指定されており、町内には江戸時代から昭和初期にかけてのトンバイ塀の町並みが残り、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。毎年ゴールデンウィーク期間に開催される「有田陶器市」には全国から約120万人が訪れます。
九州地方で国宝(建造物)がある近隣の県
佐賀県から足を延ばすと、九州地方の近隣県には国宝(建造物)に指定された歴史的建造物があります。佐賀旅行と合わせて訪れてみてはいかがでしょうか。
- 大分県の国宝(建造物) ― 宇佐神宮本殿、富貴寺大堂
- 長崎県の国宝(建造物) ― 崇福寺大雄宝殿、崇福寺第一峰門、大浦天主堂
- 熊本県の国宝(建造物) ― 青井阿蘇神社
全国の国宝(建造物)については日本の国宝(建造物) 都道府県別 一覧・まとめをご覧ください。

