長崎県の国宝(建造物) 一覧・まとめ / National Treasure of Japanese Buildings in Nagasaki ~旅行のみどころになる日本国民の宝と指定された神社、寺、城、住宅等の重要文化財~
日本の国宝とは、文化財保護法によって国が指定した重要文化財のうち、世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるものであるとして国(文部科学大臣)が指定したものを指します。法律の観点では国宝は重要文化財の一種であり、国宝の分類には建造物(神社、寺院、城郭、住宅等)、絵画、彫刻、工芸品、書跡・典籍、古文書、考古資料・歴史資料があります。
長崎県は、江戸時代に日本で唯一の西洋との貿易窓口であった出島を擁し、中国・ポルトガル・オランダなど海外の文化が融合した独自の歴史を持つ地域です。その歴史的背景から、長崎県に現存する国宝建造物には、中国の明朝様式を色濃く残す寺院建築と、幕末に建てられた日本最古のゴシック様式の教会建築が含まれており、東洋と西洋の建築文化が共存する全国的にも稀有な特色を持っています。
本記事では、長崎県にある国宝建造物3件(崇福寺大雄宝殿、崇福寺第一峰門、大浦天主堂)について、歴史的背景・建築的特徴・アクセス情報を詳しく紹介します。長崎を訪れる際の観光計画にお役立てください。
長崎県の国宝(建造物) 一覧・まとめ / National Treasure of Japanese Buildings in Nagasaki ~旅行のみどころになる日本国民の宝と指定された神社、寺、城、住宅等の重要文化財~
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崇福寺大雄宝殿 / Soufuku Ji Daiyuh Houden[Soufuku Temple Daiyuh Houden]
崇福寺(そうふくじ)は、寛永6年(1629年)に長崎在住の福建省出身の華僑たちによって創建された黄檗宗の寺院です。中国から超然禅師を招いて開山し、日本における中国様式の仏教寺院の代表的存在として知られています。「長崎三福寺」の一つにも数えられ、別名「福州寺」とも呼ばれました。
大雄宝殿(だいゆうほうでん)は崇福寺の本堂にあたる建物で、正保3年(1646年)に建立されました。中国の明朝建築様式を忠実に再現した構造を持ち、入母屋造の屋根に朱塗りの柱や梁が特徴的です。内部には釈迦如来像を本尊として安置し、天井には鮮やかな装飾が施されています。日本国内に現存する中国式仏教建築として最も価値の高い建造物のひとつであり、1953年(昭和28年)に国宝に指定されました。
建築的な見どころとして、正面の軒先を支える複雑な斗栱(ときょう)の組物や、中国南方建築に特有の曲線を描く屋根の反り、さらに堂内の精緻な彫刻装飾が挙げられます。日本の伝統的な寺院建築とは大きく異なる中国建築の意匠を間近に観察できる貴重な機会です。
| 種別 Type |
国宝・近世以前・寺院 |
| 時代 Period |
江戸前期(1646年) |
| 指定年月日 Designated |
1953年03月31日 |
| 住所 Address |
長崎県長崎市鍛冶屋町7-5 |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
長崎電気軌道正覚寺下停留所(徒歩約5分) |
| URL URL |
崇福寺の境内には大雄宝殿のほか、同じく国宝に指定されている第一峰門をはじめ、三門や護法堂など多くの文化財が点在しています。長崎電気軌道の正覚寺下停留所から徒歩約5分とアクセスも良好で、長崎の中華文化を体感できる必訪の場所です。
崇福寺第一峰門 / Soufuku Ji Dai Ippou Mon[Soufuku Temple Dai Ippou Mon]
第一峰門(だいいっぽうもん)は、崇福寺の境内に立つ中国様式の門で、正保元年(1644年)に建造されました。崇福寺の二番目の門(中門)にあたり、大雄宝殿へと続く参道上に位置しています。
この門の最大の特徴は、軒下に施された華麗な装飾彫刻です。複雑に組み上げられた斗栱(ときょう)には、精緻な彫刻が施されており、中国南方の建築技法が惜しみなく発揮されています。特に軒裏に施された繊細で立体的な彫刻は「アーチ型の石造技法」と木造建築の融合として高く評価され、日本国内では他に類を見ない貴重な建築遺産です。1953年(昭和28年)に国宝に指定されました。
朱色に彩られた門構えは中国の伝統的な寺院門の様式を伝え、日本にいながら中国の建築文化を感じることができます。大雄宝殿と合わせて見学することで、崇福寺が持つ中国建築の奥深さをより一層理解することができるでしょう。
| 種別 Type |
国宝・近世以前・寺院 |
| 時代 Period |
江戸前期(1644年) |
| 指定年月日 Designated |
1953年03月31日 |
| 住所 Address |
長崎県長崎市鍛冶屋町7-5 |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
長崎電気軌道正覚寺下停留所(徒歩約5分) |
| URL URL |
崇福寺は大雄宝殿と第一峰門の2つの国宝を有する寺院であり、境内全体が中国文化の薫りに満ちています。毎年7月下旬に行われる「長崎ランタンフェスティバル」の時期には特に華やかな雰囲気に包まれ、多くの観光客が訪れます。
大浦天主堂 / Ohura Tenshu Dou[Ohura Tenshu Dou]
大浦天主堂(おおうらてんしゅどう)は、元治元年(1864年)にフランス人宣教師フューレ神父とプティジャン神父の指導のもとに建設された、日本に現存する最古のゴシック様式のキリスト教建築です。正式名称は「日本二十六聖殉教者聖堂」といい、豊臣秀吉の命によって1597年に処刑された26人のカトリック信者(日本二十六聖人)に捧げられた教会です。
建築的には、三廊式のゴシック様式を基調とし、リブ・ヴォールト天井(肋骨状の梁で支えられたアーチ型天井)と美しいステンドグラスが特徴です。外壁は白亜の漆喰仕上げで、正面にはゴシック建築の象徴である尖頭アーチ窓が配されています。当初は木造でしたが、1875年と1879年に増改築が行われ、現在の煉瓦造りの外観となりました。1953年(昭和28年)に国宝に指定されています。
大浦天主堂は建築としての価値だけでなく、日本のキリスト教史における歴史的な舞台でもあります。1865年3月17日、約250年にわたって密かに信仰を守り続けてきた浦上の潜伏キリシタンたちが、プティジャン神父のもとを訪れ信仰を告白した「信徒発見」の出来事は、宗教史上の奇跡として世界的に知られています。この歴史的意義から、大浦天主堂は2018年に世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つとしてUNESCOに登録されました。
| 種別 Type |
国宝・近世以前・その他 |
| 時代 Period |
江戸末期(1864年) |
| 指定年月日 Designated |
1953年03月31日 |
| 住所 Address |
長崎県長崎市南山手町5-3 |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
長崎電気軌道石橋停留場(徒歩約10分) |
| URL URL |
https://www1.bbiq.jp/oourahp/ |
大浦天主堂は南山手の高台に位置し、グラバー園にも隣接しているため、あわせて訪問するのがおすすめです。堂内のステンドグラスは幕末から明治期にかけて制作されたもので、日本のステンドグラス史においても重要な作品群です。長崎電気軌道の石橋停留場から徒歩約10分でアクセスできます。
長崎県の国宝建造物を巡る旅のポイント
長崎県の国宝建造物は、中国の明朝様式を伝える崇福寺(大雄宝殿・第一峰門)と、西洋のゴシック様式を持つ大浦天主堂という、東洋と西洋の建築文化が一つの都市に共存する全国的にも類を見ない構成となっています。これは、長崎が江戸時代を通じて海外貿易の拠点であり続けたことで、多様な異文化が流入・定着した歴史を物語っています。
3件の国宝建造物はいずれも長崎市内中心部に位置しており、崇福寺と大浦天主堂は長崎電気軌道(路面電車)を利用して移動できるため、1日で全ての国宝建造物を巡ることが可能です。崇福寺周辺には中華街や眼鏡橋などの観光名所も集まっており、大浦天主堂周辺にはグラバー園や旧香港上海銀行長崎支店記念館など、長崎の異国情緒を満喫できるスポットが充実しています。
長崎の国宝建造物を通じて、日本が世界に開かれた窓口として果たした歴史的役割と、異文化を受容し独自の文化を育んできた長崎の魅力を、ぜひ実際に訪れて体感してください。

