中華人民共和国・湖北省の世界遺産 一覧・まとめ / UNESCO World Heritage Sites in Hubei China ~文化遺産(負の世界遺産、文化的景観、産業遺産、近代化遺産、稼働遺産)、自然遺産、複合遺産、危機遺産~
世界遺産とはユネスコ総会で採択された世界遺産条約「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づいて登録された遺跡、景観、自然などの人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」を持ち、移動が不可能な物件を指します。世界遺産の登録の本来の目的は、自然や文化的に価値のあるものを保護・保全し、過去から未来へと伝えていくことにあります。
中華人民共和国の湖北省(こほくしょう)は、中国中部に位置し、長江(揚子江)の中流域に広がる省です。省都は武漢(ぶかん)で、古くから「九省通衢(きゅうしょうつうく)」と呼ばれ、中国各地を結ぶ交通の要衝として栄えてきました。湖北省の「湖北」という名称は、中国第2の淡水湖である洞庭湖の北に位置することに由来します。
湖北省は歴史的には古代中国の楚(そ)の国の中心地として栄え、三国志の舞台としても広く知られています。赤壁の戦いの古戦場をはじめ、中国の歴史上重要な出来事が数多くこの地で起きました。文化面では道教の聖地・武当山や、明王朝ゆかりの皇帝陵墓などの貴重な文化遺産が残されています。
一方、自然環境においても湖北省は豊かな多様性を誇ります。西部の山岳地帯には神農架(しんのうか)と呼ばれる原生林が広がり、キンシコウ(金絲猴)をはじめとする希少な野生動物が生息しています。長江の流れが生み出した渓谷や湿地帯も、独自の生態系を育んでいます。
このページでは、そんな歴史と自然の両面で傑出した価値を持つ湖北省の世界遺産を一覧でまとめて紹介します。湖北省には文化遺産3件、自然遺産1件、さらに省域を通過する万里の長城を合わせた合計5件の世界遺産があります。
まず、世界遺産が登録される基準を下記に記載します。
世界遺産登録基準(10項目)の詳細は、出典のWikipedia「世界遺産」をご参照ください。
(1)~(6)を満たすものが文化遺産、(7)~(10)を満たすものが自然遺産、文化遺産と自然遺産の条件をそれぞれ1つ以上を満たすものが複合遺産としての登録基準となります。
以下で紹介する世界遺産の「登録基準」項目の記載番号は上記の世界遺産登録基準の番号に対応しています。
中華人民共和国・湖北省の世界遺産 一覧・まとめ / UNESCO World Heritage Sites in Hubei China ~文化遺産(負の世界遺産、文化的景観、産業遺産、近代化遺産、稼働遺産)、自然遺産、複合遺産、危機遺産~
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武当山古建築 / Butouzan Kokenchiku[Ancient Building Complex in the Wudang Mountains]
武当山(ぶとうざん)は湖北省北西部の十堰市丹江口に位置する道教の聖山で、古くから「太岳」「玄岳」とも呼ばれてきました。標高1,612メートルの天柱峰を主峰とし、72の峰、36の岩壁、24の渓流が織りなす雄大な山岳景観が広がります。
武当山の建築群は、明朝第3代皇帝・永楽帝(在位1402年~1424年)の命によって大規模に造営されました。永楽帝は道教の最高神・玄天上帝(真武大帝)を篤く信仰し、30万人の労働者を動員して12年の歳月をかけてこの壮大な宗教建築群を完成させました。最盛期には9つの宮殿、9つの観(道教寺院)、72の岩廟が存在し、その規模から「五里一庵十里宮、丹牆翠瓦望玲瓏」(五里ごとに庵があり十里ごとに宮殿がある)と称されました。
現存する主要建築には、山頂に建つ金殿(金殿)、最大規模の紫霄宮(ししょうきゅう)、南岩宮、太和宮などがあります。特に金殿は銅鋳造に金メッキを施した高さ5.54メートルの精緻な建造物で、明代の冶金技術と建築技術の最高峰を示しています。これらの建築群は、道教哲学に基づいて山の自然地形と調和するように配置されており、中国古代の宗教建築と自然景観が見事に融合した空間設計の傑作です。
また武当山は、武当拳(武当武術)の発祥地としても世界的に有名です。道教の修行僧・張三丰(ちょうさんぽう)が創始したとされる武当武術は、太極拳の源流の一つとされ、内功(体内のエネルギーを練る修行法)を重視する「内家拳」の代表として少林拳と並び称されています。
| 登録区分 Type |
文化遺産 |
| 登録年 Designated |
1994年 |
| 登録基準 Criteria |
(1)、(2)、(6) |
| 住所 Address |
Danjiangkou, Shiyan, Hubei, China |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
武漢天河国際空港より自動車(約5時間20分) |
| URL URL |
明・清王朝の皇帝墓群 / Ming Qing Ohchou No Kouteibo Gun[Imperial Tombs of the Ming and Qing Dynasties]
明・清王朝の皇帝墓群は、中国の明王朝(1368年~1644年)と清王朝(1644年~1912年)の歴代皇帝の陵墓をまとめた世界遺産です。2000年に最初の登録がなされ、2003年と2004年に拡張登録されました。中国各地に点在する複数の陵墓群で構成されています。
湖北省に所在する構成資産は、荊門市鍾祥にある明顕陵(めいけんりょう)です。明顕陵は、明朝第12代皇帝・嘉靖帝(在位1521年~1567年)の父である興献王・朱祐杬(しゅゆうげん)と、その妃である蒋氏を合葬した陵墓で、2000年の初回登録時に世界遺産の構成資産として認められました。
明顕陵の最大の特徴は、中国の帝陵の中で唯一「一陵両塚」の形式を採用している点です。朱祐杬はもともと藩王(地方の王)として埋葬されましたが、息子の嘉靖帝が即位後に父を皇帝に追尊したため、藩王墓を皇帝陵に格上げする大規模な改修が行われました。その過程で新たな墳丘が築かれた結果、一つの陵墓に二つの宝城(墳丘を囲む城壁)が並ぶ独特な構造が生まれました。
陵墓の総面積は約183ヘクタールに及び、外羅城、内羅城、前後の宝城を含む壮大な規模を誇ります。純白の石材で造られた龍鳳門や、精巧な彫刻が施された石像生(参道の石像群)など、明代中期の卓越した石造芸術を今に伝えています。明顕陵は明代の政治的事件「大礼の議」を物語る歴史的証拠でもあり、中国の皇帝制度と葬送儀礼を理解するうえで重要な遺産です。
| 登録区分 Type |
文化遺産 |
| 登録年 Designated |
2000年(拡張年:2003年、2004年) |
| 登録基準 Criteria |
(1)、(2)、(3)、(4)、(6) |
| 住所 Address |
明顕陵: Zhongxiang, Jingmen, Hubei China |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
明顕陵:武漢天河国際空港より自動車(約1時間50分) |
| URL URL |
土司遺跡群 / Doshi Iseki Gun[Tusi Sites]
土司遺跡群は、中国で13世紀から20世紀初頭まで約700年にわたって実施された「土司制度」の遺構を集めた世界遺産です。土司制度とは、中国の中央王朝が南西部の少数民族地域を統治するために設けた独自の行政制度で、現地の首長(土司)に世襲の統治権を認める代わりに中央への忠誠と納貢を義務付けるものでした。
湖北省の構成資産は、恩施トゥチャ族ミャオ族自治州咸豊県にある唐崖土司城址(とうがいどしじょうし)です。唐崖土司城址は、元朝の至正6年(1346年)に設置された唐崖土司・覃氏の政庁跡で、トゥチャ族(土家族)による自治統治の歴史を今に伝えています。
唐崖土司城址は、山の地形を巧みに利用して築かれた城砦都市で、面積は約74ヘクタールに及びます。城址内には「荊南雄鎮」の石牌坊(石造りの門)、土司の宮殿跡、街路、排水設備、墓地などの遺構が良好な状態で保存されており、土司制度下の政治・経済・文化活動の実態を知ることができます。特に牌坊に刻まれた精緻な浮き彫りは、漢民族の建築技術とトゥチャ族の伝統美術が融合した独特の造形美を示しています。
この遺跡は、中国の多民族国家としての歴史と、中央政権と少数民族の間で行われた統治の知恵を理解するうえで貴重な物証です。湖北省のほか、湖南省の老司城遺跡、貴州省の海龍屯遺跡と合わせた3か所が、2015年に「土司遺跡群」として世界遺産に登録されました。
| 登録区分 Type |
文化遺産 |
| 登録年 Designated |
2015年 |
| 登録基準 Criteria |
(2)、(3) |
| 住所 Address |
Xianfeng, Enshi, Hubei, China |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
武漢天河国際空港より自動車(約8時間) |
| URL URL |
湖北の神農架 / Kohoku No Shinnouka[Hubei Shennongjia]
湖北の神農架(しんのうか)は、湖北省西部に広がる広大な山岳森林地帯で、中国中部に残された最大規模の原生林を擁する自然遺産です。その名称は、中国神話に登場する神農氏(農業と医薬の祖とされる伝説上の帝王)がこの地で薬草を採集したという伝説に由来しています。
神農架の総面積は約73,318ヘクタールに及び、最高峰の神農頂は標高3,106メートルで「華中の屋根」と称されます。亜熱帯から亜高山帯にかけての垂直的な気候帯の変化により、多様な植生が発達しており、維管束植物は3,000種以上、脊椎動物は500種以上が確認されています。
この地域が世界的に重要視される最大の理由は、キンシコウ(川金絲猴、学名: Rhinopithecus roxellana)の重要な生息地であることです。キンシコウは中国固有の霊長類で、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧種(EN)に分類されています。神農架には約1,300頭のキンシコウが生息しており、種の保全における極めて重要な役割を果たしています。
また神農架は、第四紀の氷河期においても氷床に覆われなかった「生物避難所(レフュジア)」として機能した地域であり、多くの遺存種(レリック種)や固有種が生存しています。メタセコイア(生きた化石と呼ばれる落葉針葉樹)をはじめとする希少な植物種も自生しており、東アジアの生物多様性の進化過程を研究するうえで世界的に重要なフィールドです。四季折々の景観も美しく、特に秋の紅葉と冬の雪景色は圧巻です。
| 登録区分 Type |
自然遺産 |
| 登録年 Designated |
2016年 |
| 登録基準 Criteria |
(9)、(10) |
| 住所 Address |
Shennongjia, Hubei, China |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
武漢天河国際空港より自動車(約6時間40分) |
| URL URL |
万里の長城 / Banri No Choujou[The Great Wall]
万里の長城は、中国の歴史上最も壮大な建造物であり、世界で最も広く知られた世界遺産の一つです。紀元前7世紀頃から建設が始まり、秦の始皇帝による統一的な整備を経て、明代に至るまで2,000年以上にわたって増改築が繰り返されました。その総延長は2万キロメートル以上に及び、人類史上最大の建築事業とされています。
万里の長城は一般的に北京近郊の八達嶺(はったつれい)や慕田峪(ぼでんよく)のイメージが強いですが、実際には中国の17の省・自治区・直轄市にまたがる広大な遺産です。湖北省にも長城の遺構が存在しており、これは主に戦国時代の楚の国が北方の脅威に備えて築いた「楚長城」の一部にあたります。
楚長城は、万里の長城の中でも最も古い時期に築かれた部分の一つとされ、紀元前7世紀頃の春秋時代にまで遡ります。湖北省北部の山岳地帯に点在する遺構は、土塁や石垣の形態で残されており、中国古代の軍事防衛システムの発展を研究するうえで貴重な資料です。秦の始皇帝が築いた長城よりもさらに古い歴史を持つ楚長城は、中国の長城建設の起源を考えるうえで重要な位置づけにあります。
万里の長城は1987年にユネスコ世界遺産に登録され、登録基準の5項目((1)(2)(3)(4)(6))を満たしています。これは世界遺産の中でも極めて多くの基準を満たす遺産であり、人類の創造的才能、文明間の交流、歴史の証拠としての価値が高く評価されています。
| 登録区分 Type |
文化遺産 |
| 登録年 Designated |
1987年 |
| 登録基準 Criteria |
(1)、(2)、(3)、(4)、(6) |
| 住所 Address |
Beijing , Tianjin , Hebei , Shanxi , Inner Mongolia , Liaoning , Jilin, Shandong, Henan , Hubei , Hunan, Sichuan, Shaanxi, Gansu, Qinghai, Ningxia, Xinjiang |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
八達嶺長城:北京首都国際空港より自動車(約1時間20分) |
| URL URL |
湖北省の世界遺産を訪れるために
湖北省の世界遺産5件は、道教の聖山・武当山から明王朝の皇帝陵墓、少数民族の統治制度を物語る土司遺跡群、生物多様性の宝庫・神農架、そして人類史上最大の建造物・万里の長城まで、中国の歴史と自然の多様性を凝縮したラインナップです。
湖北省の玄関口となる武漢は、中国の高速鉄道ネットワークの主要ハブであり、武漢天河国際空港からは中国国内の主要都市のほか、アジア各国への直行便も就航しています。武漢を拠点として各世界遺産を巡ることが可能ですが、武当山や神農架など省西部の遺産は武漢から自動車で5時間以上を要するため、余裕のある旅程を計画することをおすすめします。
湖北省は四季がはっきりとした亜熱帯モンスーン気候に属しており、世界遺産の観光に最適な時期は春(3月~5月)と秋(9月~11月)です。特に神農架は秋の紅葉が美しく、武当山は春の新緑と霧に包まれた幻想的な景観が楽しめます。夏は高温多湿となるため、体力に自信のある方以外は避けた方がよいでしょう。

