中華人民共和国・江蘇省の世界遺産 一覧・まとめ / UNESCO World Heritage Sites in Jiangsu China ~文化遺産(負の世界遺産、文化的景観、産業遺産、近代化遺産、稼働遺産)、自然遺産、複合遺産、危機遺産~
世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)」に基づき登録される、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値(Outstanding Universal Value)」を持つ遺跡・景観・自然のことです。登録対象は移動が不可能な不動産であり、その保護と保全を通じて、過去から未来の世代へと価値を伝えていくことを目的としています。
世界遺産への登録は文化財や自然環境の国際的な保全を促進するだけでなく、観光名所としてのブランド力向上にもつながっており、保護と観光振興の両立が各国で重要な課題となっています。
江蘇省と世界遺産
江蘇省(こうそしょう / Jiangsu)は中華人民共和国の東部沿岸に位置し、省都は南京市です。長江(揚子江)下流域と大運河沿いに広がるこの地域は、古くから「魚米之郷(ぎょまいのさと)」と呼ばれる中国有数の穀倉地帯として繁栄してきました。
歴史的には春秋時代の呉国の故地であり、三国時代には孫権が建業(現在の南京)に都を置きました。六朝時代を通じて文化の中心地として栄え、明王朝の初期には首都が南京に置かれるなど、中国の政治・文化史において重要な役割を担ってきた地域です。蘇州や揚州は文人文化・庭園芸術・絹織物産業の中心地として知られ、「上有天堂、下有蘇杭(上に天堂あり、下に蘇杭あり)」という古くからの言い伝えにも、その美しさと豊かさが表されています。
江蘇省には複数のユネスコ世界遺産が所在しており、いずれも中国の悠久の歴史と高度な文化を反映した文化遺産です。以下では、江蘇省に関連する世界遺産を登録情報とともに詳しく紹介します。
まず、世界遺産が登録される基準を下記に記載します。
- (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
- (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
- (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
- (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
- (5) ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。
- (6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
- (7) ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。
- (8) 地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、重要な地形的特性、自然地理的特性などが含まれる。
- (9) 陸上、淡水、沿岸および海洋生態系と動植物群集の進化と発達において進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの。
- (10) 生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには科学上または保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。
(1)~(6)を満たすものが文化遺産、(7)~(10)を満たすものが自然遺産、文化遺産と自然遺産の条件をそれぞれ1つ以上を満たすものが複合遺産としての登録基準となります。
以下で紹介する世界遺産の「登録基準」項目の記載番号は上記の世界遺産登録基準の番号に対応しています。
中華人民共和国・江蘇省の世界遺産 一覧・まとめ / UNESCO World Heritage Sites in Jiangsu China ~文化遺産(負の世界遺産、文化的景観、産業遺産、近代化遺産、稼働遺産)、自然遺産、複合遺産、危機遺産~
観光に便利な宿泊施設:江蘇省のホテル一覧
蘇州古典園林 / Soshuh Koten Enrin[Classical Gardens of Suzhou]
| 登録区分 Type |
文化遺産 |
| 登録年 Designated |
1997年(拡張年:2000年) |
| 登録基準 Criteria |
(1)、(2)、(3)、(4)、(5) |
| 住所 Address |
Huqiu, Suzhou, Jiangsu, China |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
上海浦東国際空港より自動車(約2時間) |
| URL URL |
蘇州古典園林の概要
蘇州古典園林(蘇州の古典的庭園群)は、江蘇省蘇州市に点在する歴史的な私家庭園の総称です。蘇州における庭園造営の歴史は紀元前6世紀の春秋時代にまで遡り、呉王の宮廷庭園がその起源とされています。その後、宋代から元代にかけて文人や官僚たちが私邸に庭園を造るようになり、最盛期である明代・清代には蘇州市内に200以上の庭園が存在したと伝えられています。現在でも約70の庭園が残っており、そのうち9つがユネスコ世界遺産に登録されています。
1997年の初回登録では、拙政園(せっせいえん)、留園(りゅうえん)、網師園(もうしえん)、環秀山荘(かんしゅうさんそう)の4庭園が選ばれました。2000年の拡張登録時には、滄浪亭(そうろうてい)、獅子林(ししりん)、芸圃(げいほ)、耦園(ぐうえん)、退思園(たいしえん)の5庭園が追加され、合計9庭園が世界遺産として保護されています。
蘇州の庭園は、限られた敷地の中に山水の美を凝縮する中国伝統の造園思想を体現しています。太湖石(たいこせき)と呼ばれる奇岩を用いた假山(かざん)、池泉(ちせん)、楼閣(ろうかく)、回廊(かいろう)、花木が精緻に配置され、自然の景観を人工的に再現しながらも調和のとれた空間を創り出しています。特に拙政園は蘇州最大の庭園として知られ、水面を中心に構成された開放的な景観が特徴です。留園は建築と庭園の融合が見事で、太湖石の名石「冠雲峰」でも有名です。
これらの庭園群は、中国の文人たちが追求した理想の住環境と美意識を今に伝える貴重な文化遺産であり、東アジアの造園芸術に与えた影響は計り知れません。日本庭園の発展にも間接的な影響を与えたとされ、世界の庭園文化史においても重要な位置を占めています。
明・清王朝の皇帝墓群 / Ming Qing Ohchou No Kouteibo Gun[Imperial Tombs of the Ming and Qing Dynasties]
| 登録区分 Type |
文化遺産 |
| 登録年 Designated |
2000年(拡張年:2003年、2004年) |
| 登録基準 Criteria |
(1)、(2)、(3)、(4)、(6) |
| 住所 Address |
明孝陵:Xuanwu, Nanjing, Jiangsu, China |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
明孝陵:上海浦東国際空港より自動車(約4時間) |
| URL URL |
明・清王朝の皇帝墓群(明孝陵)の概要
明・清王朝の皇帝墓群は、中国各地に点在する明王朝(1368年〜1644年)と清王朝(1644年〜1912年)の歴代皇帝の陵墓群を一つの世界遺産として登録したものです。2000年に明十三陵(北京)と明顕陵(湖北省)が最初に登録され、その後2003年と2004年の拡張登録によって構成資産が追加されました。江蘇省南京市に所在する明孝陵(みんこうりょう)は、2003年の拡張登録時に追加された重要な構成資産の一つです。
明孝陵は明王朝の創始者・洪武帝(朱元璋、1328年〜1398年)とその皇后・馬氏の合葬陵で、南京市東郊の紫金山(しきんざん / Purple Mountain)南麓に位置しています。1381年に造営が開始され、約25年の歳月をかけて完成しました。総面積は約170万平方メートルにおよび、中国の帝王陵墓の中でも最大規模を誇ります。
明孝陵の最大の見どころは、陵墓へと続く「神道(しんどう)」と呼ばれる参道です。全長約1,800メートルに達する神道には、石象・石駱駝(らくだ)・石麒麟(きりん)・石馬・石人(文臣・武臣の像)などの大型石像が整然と並び、荘厳な雰囲気を醸し出しています。特筆すべきは、この神道がそれ以前の帝陵に見られた直線的な配置から脱し、地形に沿って緩やかな曲線を描いている点です。この独創的な設計は明孝陵の大きな特徴であり、自然の地形と人工の建造物を調和させる中国独自の陵墓設計思想を反映しています。
明孝陵の陵墓設計は、その後に造営された北京の明十三陵や清東陵・清西陵など、明・清両王朝の皇帝陵に多大な影響を与えました。中国における帝王陵墓建築の一つの範型を確立した存在であり、中国の皇帝陵墓の発展史を理解するうえで欠かすことのできない重要な遺産です。
大運河 / Dai Unga[The Grand Canal]
| 登録区分 Type |
文化遺産 |
| 登録年 Designated |
2014年 |
| 登録基準 Criteria |
(1)、(3)、(4)、(6) |
| 住所 Address |
Jiangsu, China |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
上海浦東国際空港より自動車(約4時間50分) |
| URL URL |
大運河の概要
大運河(京杭大運河 / The Grand Canal)は、中国北部の北京市から南部の浙江省杭州市までを結ぶ全長約1,794キロメートルにおよぶ世界最長の人工運河です。2014年にユネスコ世界遺産に登録され、その構成資産は中国8つの省・直轄市にまたがる27の河川区間と58の関連遺跡から成り立っています。
大運河の歴史は紀元前5世紀の春秋時代にまで遡ります。呉王・夫差(ふさ)が軍事目的で長江と淮河(わいが)を結ぶ邗溝(かんこう)を開削したのが始まりとされています。その後、隋の煬帝(ようだい、569年〜618年)が7世紀初頭に大規模な拡張工事を実施し、華北の政治中心と江南の経済中心を結ぶ南北の大動脈として完成させました。元代(13世紀〜14世紀)には北京と杭州を直結するルートが新たに整備され、現在知られる京杭大運河の原型が形成されました。
江蘇省は大運河の全ルートの中でも特に重要な区間を有しています。蘇州・揚州・淮安・徐州など、江蘇省の多くの主要都市が運河沿いに発展しました。特に揚州は隋代の運河建設の中核拠点として栄え、唐代には「揚一益二(揚州が一番、成都が二番)」と称されるほどの経済的繁栄を誇りました。蘇州では大運河が市街地の水路網と一体となり、「東洋のベニス」とも呼ばれる独特の水郷景観を形成しています。淮安は南北の水運が交わる要衝として、漕運(そううん / 穀物の水上輸送)の管理拠点として重要な機能を果たしてきました。
大運河は単なる交通路にとどまらず、中国南北の経済・文化交流を促進し、物資の輸送・治水・灌漑など多面的な機能を果たしてきました。南方の米・絹・茶を北方へ、北方の石炭・綿花を南方へと運ぶ物流の大動脈として、中国の経済発展に不可欠な役割を担いました。現在でも江蘇省の一部区間は貨物輸送に利用されており、約2,500年にわたって使われ続けている稀有な現役の産業遺産です。
まとめ
江蘇省には、庭園芸術の粋を集めた蘇州古典園林、中国皇帝陵墓建築の範型を確立した明孝陵(明・清王朝の皇帝墓群)、そして約2,500年の歴史を持つ大運河という3つの世界文化遺産が所在しています。いずれも中国文明の異なる側面を代表する遺産であり、庭園美・建築技術・土木工学という多角的な観点から、人類の文化遺産としての「顕著な普遍的価値」を今に伝えています。江蘇省を訪れる際には、これらの世界遺産を巡ることで、中国の悠久の歴史と文化の奥深さを実感することができるでしょう。

