兵庫県の経済産業省指定「伝統的工芸品」一覧・まとめ – 職人の熟練した匠の技によって生み出される珠玉の手仕事 / Traditional Crafts of Hyogo ~伝統的工芸品が購入できるショップ・取扱店一覧~
日本には古くから受け継がれてきた多様な手工芸の伝統があります。各地の風土や歴史の中で育まれた伝統的工芸品は、職人の卓越した技と精神が凝縮された芸術作品であると同時に、日常生活に根ざした実用品でもあります。こうした工芸品は、日本の美意識や文化的価値観を今に伝える貴重な文化遺産です。
「伝統的工芸品」とは、一般的に日本で伝統的に日常生活用品として手工業により製造されてきたものを指します。その中でも特に「伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)」に基づいて、下記の5つの要件をすべて満たし、経済産業大臣により指定されたものを「経済産業大臣指定伝統的工芸品」と呼びます。2025年現在、全国で241品目が指定されています。
- 主として日常生活の用に供されているもの
- 製造過程の主要部分が手工業的であるもの
- 伝統的技術または技法によって製造されるもの
- 伝統的に使用されてきた原材料を使用していること
- 一定の地域で産地形成されていること
本ページでは、職人の熟練した匠の技によって生み出される珠玉の手仕事である「経済産業大臣指定伝統的工芸品」の中から、兵庫県に伝わる伝統的工芸品を詳しく紹介します。その歴史的背景、独自の技法、そして現代における展開まで、兵庫の匠の技の魅力をお伝えします。
兵庫県の経済産業省指定「伝統的工芸品」一覧・まとめ – 職人の熟練した匠の技によって生み出される珠玉の手仕事 / Traditional Crafts of Hyogo ~伝統的工芸品が購入できるショップ・取扱店一覧~
兵庫県は近畿地方の西部に位置し、北は日本海、南は瀬戸内海・太平洋に面する本州で唯一二つの海に臨む県です。摂津・播磨・但馬・丹波・淡路という五つの旧国にまたがる広大な県域には、それぞれの風土と歴史に根ざした多彩な文化が息づいています。
古くから交通の要衝として栄えた兵庫県では、各地域の豊かな自然資源と職人の創意工夫が結びつき、陶磁器・木工品・金工品・文具・釣具など幅広い分野にわたる伝統的工芸品が発展してきました。丹波の山間部で800年以上焼き続けられる窯、但馬で千年の歴史を持つ柳細工、播磨の地で鍛え上げられる刃物やそろばんなど、いずれも地域の暮らしと深く結びついた工芸品ばかりです。
兵庫県の経済産業大臣指定伝統的工芸品は「丹波立杭焼」「出石焼」「豊岡杞柳細工」「播州三木打刃物」「播州そろばん」「播州毛鉤」の6品目に加え、大阪府との共同指定である「大阪唐木指物」を含む計7品目です。日本六古窯に数えられる丹波立杭焼をはじめ、白磁の美しさで知られる出石焼、日本一の金物のまちで鍛えられる播州三木打刃物など、いずれも長い歴史と高度な技術に裏打ちされた逸品揃いです。
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丹波立杭焼 / Tanbatachikuiyaki[Tanbatachikuiyaki]
丹波立杭焼(たんばたちくいやき)は、兵庫県丹波篠山市今田町立杭地区を中心に生産される陶器で、瀬戸・常滑・信楽・備前・越前とともに「日本六古窯(にほんろっこよう)」のひとつに数えられる由緒ある焼き物です。2017年には日本六古窯として日本遺産にも認定されました。素朴で温かみのある風合いと、自然釉が生み出す偶然の美しさが最大の魅力です。
丹波立杭焼の歴史
丹波立杭焼の起源は平安時代末期から鎌倉時代初期(12世紀後半〜13世紀初頭)にまで遡り、約850年以上の歴史を持ちます。当初は穴窯を用いて壺や甕(かめ)、すり鉢などの日用雑器を焼いており、「小野原焼」とも呼ばれていました。室町時代から桃山時代にかけて登り窯が導入され、茶の湯の流行とともに茶陶としても注目されるようになりました。
江戸時代には篠山藩の庇護を受けて大きく発展し、釉薬の技術も進歩して多彩な作風が生まれました。特に赤土部釉(あかどべゆう)や黒釉、白釉などの施釉技法が確立され、食器や花器など製品の幅も広がりました。明治以降も途絶えることなく窯の火は燃え続け、1978年に経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されました。
丹波立杭焼の特徴と技法
丹波立杭焼の最大の特徴は、登り窯での長時間焼成によって生まれる「灰被り(はいかぶり)」と呼ばれる自然釉の美しさです。約60時間にも及ぶ焼成の間に、薪の灰が器の表面に降りかかって自然に溶け、独特のガラス質の釉薬となります。この自然釉は緑がかった色合いから褐色、深い飴色まで、窯の中の位置や火の回り方によって千差万別の表情を見せます。人為的には決して生み出せない、窯と炎の共同作業による「窯変(ようへん)」の美こそが丹波立杭焼の真骨頂です。
土は地元で採れる鉄分を含んだ赤土が主に使われ、焼成すると温かみのある赤褐色に変化します。成形には蹴轆轤(けろくろ)と呼ばれる足で蹴って回す伝統的な轆轤が今なお用いられており、この蹴轆轤は他の産地では右回転が一般的なのに対し、丹波では左回転であることも独自の特徴です。
丹波立杭焼の現代の展開
現在、立杭地区とその周辺には約60の窯元が軒を連ね、日本有数の陶器の里として知られています。伝統的な壺や甕、食器類に加え、現代の暮らしに合ったモダンなデザインの器やコーヒーカップ、花器なども多く生み出されています。毎年秋に開催される「丹波焼陶器まつり」には全国から多くの陶芸ファンが訪れ、窯元を直接巡って器を選ぶ楽しみを味わえます。また、兵庫陶芸美術館では丹波焼の歴史と魅力を体系的に学ぶことができます。
| 登録年 Designated |
1978年2月6日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
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丹波立杭焼 取扱店一覧 |
出石焼 / Izushiyaki[Izushiyaki]
出石焼(いずしやき)は、兵庫県豊岡市出石町で生産される白磁の焼き物です。透き通るような純白の肌と、その上に施される精緻な透かし彫りや浮き彫りの装飾が特徴で、「白磁の出石焼」として全国的に高い評価を受けています。1980年に経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されました。
出石焼の歴史
出石焼の起源は江戸時代中期の宝暦14年(1764年)に遡ります。出石藩の御用窯として、伊万里(有田)から招かれた陶工たちの指導のもとで磁器の生産が始まりました。当初は染付(そめつけ)の磁器が中心でしたが、天明年間(1781年〜1789年)に出石の地で良質な磁石(じせき・陶石)が発見されたことが大きな転機となりました。
この良質な原料の発見により、出石焼は白磁の生産に本格的に取り組むようになります。幕末から明治初期にかけて、盈進社(えいしんしゃ)という製陶会社が設立され、技術革新が進みました。明治時代には海外の万国博覧会にも出品して高い評価を獲得し、特に繊細な白磁の透かし彫りは西洋の人々を驚嘆させました。その後、大正・昭和期には衰退の時期もありましたが、伝統を守り続ける窯元の努力により現在まで脈々と受け継がれています。
出石焼の特徴と技法
出石焼の最大の特徴は、その気品あふれる純白の白磁にあります。地元で採れる良質な陶石を原料とし、1,300度前後の高温で焼成することで、硬質で透明感のある白い肌が生まれます。他の磁器産地と比較しても際立って白く、その清楚な美しさは「雪のような白さ」と形容されることもあります。
出石焼を特に際立たせているのが「透かし彫り」の技法です。薄く成形した素地に、小刀や針を使って繊細な文様を彫り抜いていきます。花鳥風月や幾何学模様など、息を呑むような精緻な透かし彫りは、光を透かすと幻想的な美しさを見せます。また、白磁の表面に立体的な花や葉を貼り付ける「浮き彫り(レリーフ)」の技法も出石焼ならではの特色で、白一色でありながら豊かな表情を持つ作品が生まれます。
出石焼の現代の展開
現在も出石町内の窯元で伝統の技が守られており、花器・茶器・食器・置物など幅広い製品が制作されています。近年では、現代的なデザインを取り入れたテーブルウェアやインテリア小物なども手がけられ、白磁の清潔感と洗練された美しさが現代の暮らしの中で新たな魅力を発揮しています。出石は「但馬の小京都」とも呼ばれる城下町で、出石皿そばとともに出石焼の窯元巡りも観光の大きな楽しみのひとつです。
| 登録年 Designated |
1980年3月3日 |
| 種類 Type |
陶磁器 |
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出石焼 取扱店一覧 |
大阪唐木指物 / Osaka Karakisashimono[Osaka Karakisashimono]
大阪唐木指物(おおさかからきさしもの)は、大阪府および兵庫県にまたがる地域で生産される、唐木(からき)と呼ばれる輸入銘木を用いた高級木工家具・調度品です。紫檀(したん)・黒檀(こくたん)・花梨(かりん)・鉄刀木(たがやさん)などの堅く美しい木材の素材感を最大限に活かした、釘を一本も使わない精巧な木組みの技術が特徴です。1977年に経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されました。
大阪唐木指物の歴史
唐木指物の歴史は、奈良時代に中国(唐)から正倉院宝物として紫檀や黒檀などの銘木が渡来したことに始まります。「唐木」の名称は「唐(中国)から伝わった木」に由来しています。その後、室町時代から安土桃山時代にかけて南蛮貿易が盛んになると、東南アジアから大量の唐木が大阪の港に荷揚げされるようになりました。
江戸時代に入ると、大阪は「天下の台所」として商業の中心地となり、豊かな町人文化の発展とともに唐木を用いた調度品の需要が急増しました。床の間の飾り棚、茶棚、文机、花台などが裕福な商家で愛用され、唐木指物は大阪の代表的な工芸品として確立されました。明治以降は海外の博覧会にも出品され、その精緻な技術は国際的にも高く評価されています。
大阪唐木指物の特徴と技法
大阪唐木指物の最大の特徴は、釘や金具を一切使わず、木と木を精密に組み合わせる「指物(さしもの)」の技法にあります。「ほぞ」と「ほぞ穴」を正確に加工して組み合わせることで、堅牢でありながら美しい仕上がりを実現します。接合部は寸分の狂いも許されず、0.1ミリ単位の精度が求められる高度な技術です。
また、唐木はもともと非常に硬質な木材であるため、加工には熟練の技が不可欠です。紫檀の深い赤紫色、黒檀の漆黒、花梨の明るい飴色など、木材そのものが持つ天然の美しい色合いと木目を最大限に活かすため、基本的に塗装は行わず、磨き上げて仕上げます。使い込むほどに深い光沢が増し、味わいが出るのも唐木指物の大きな魅力です。
大阪唐木指物の現代の展開
現在も大阪府と兵庫県の職人たちによって伝統の技が受け継がれています。伝統的な飾り棚・茶棚・花台・衝立・座卓などに加え、現代のインテリアに調和するシンプルなデザインの家具やアクセサリー小物なども制作されています。天然の唐木が放つ重厚な存在感と温もりは、和室はもちろん洋室のインテリアにも映え、世代を超えて使い続けられる一生ものの逸品として根強い人気を誇ります。
| 登録年 Designated |
1977年10月14日 |
| 種類 Type |
木工品 |
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大阪唐木指物 取扱店一覧 |
豊岡杞柳細工 / Toyooka Kiryuhzaiku[Toyooka Kiryuhzaiku]
豊岡杞柳細工(とよおかきりゅうざいく)は、兵庫県豊岡市で生産される、コリヤナギ(杞柳)の枝を編み上げて作る伝統的な柳行李(やなぎごうり)やバスケット類です。千年以上の歴史を持つこの工芸品は、柳のしなやかさと強靭さを活かした機能美が特徴で、豊岡が「日本一の鞄のまち」として発展する礎となりました。1992年に経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されました。
豊岡杞柳細工の歴史
豊岡杞柳細工の歴史は奈良時代にまで遡るとされ、『古事記』にも但馬国の柳細工に関する記述が見られます。円山川の流域に自生するコリヤナギが豊富に産出されたことから、古くからこの地で柳を用いた籠や行李が作られてきました。
江戸時代に入ると、豊岡藩主・京極氏が柳行李の生産を藩の殖産興業政策として奨励し、産業として本格的に発展しました。豊岡の柳行李は軽くて丈夫、通気性に優れ、衣類の収納に最適であったことから全国的に需要が高まり、「豊岡行李」の名は広く知られるようになりました。明治時代以降は柳行李に革の蓋や取っ手を付けた「柳行李鞄」が考案され、これが現在の豊岡鞄産業の原点となっています。
豊岡杞柳細工の特徴と技法
豊岡杞柳細工の原料であるコリヤナギは、しなやかで弾力があり、編み上げやすく、乾燥すると軽くて丈夫になるという特性を持っています。収穫した柳の枝は皮を剥いで乾燥させ、使用前に水に浸して柔らかくしてから編み上げます。
編み方には多彩な技法があり、基本的な「網代編み(あじろあみ)」や「ござ目編み」をはじめ、「菊花編み」「八つ目編み」「波編み」など、製品の用途やデザインに応じて様々な編み方が使い分けられます。職人は一本一本の柳の太さや曲がり具合を見極めながら、均一で美しい編み目を作り上げていきます。機械では再現できない手編みならではの温かみのある風合いと、使うほどに飴色に変化していく経年美化も大きな魅力です。
豊岡杞柳細工の現代の展開
現在の豊岡市は日本有数の鞄の生産地として知られていますが、その原点である杞柳細工も大切に受け継がれています。伝統的な柳行李に加え、バスケットバッグ、トートバッグ、インテリア用の収納籠、花籠など、現代のライフスタイルに合わせた多彩な製品が生み出されています。天然素材ならではの優しい手触りとナチュラルな佇まいは、環境意識の高まりとともに国内外で再び注目を集めており、サステナブルな暮らしを求める人々からの支持も広がっています。
| 登録年 Designated |
1992年10月8日 |
| 種類 Type |
木工品 |
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豊岡杞柳細工 取扱店一覧 |
播州三木打刃物 / Banshuh Mikiuchi Hamono[Banshuh Mikiuchi Hamono]
播州三木打刃物(ばんしゅうみきうちはもの)は、兵庫県三木市を中心に生産される鍛造(たんぞう)の刃物類で、鉋(かんな)・鑿(のみ)・鋸(のこぎり)・小刀・鎌などの大工道具や農林業用刃物を幅広く含みます。三木市は「金物のまち」として全国的に名高く、その伝統は500年以上の歴史に支えられています。1996年に経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されました。
播州三木打刃物の歴史
三木の金物産業の起源は、室町時代後期の16世紀初頭にまで遡ります。播磨国の三木城下には早くから鍛冶職人が集まり、農具や刃物の製造が行われていました。特に大きな転機となったのは、天正8年(1580年)の羽柴秀吉による三木城攻め(三木合戦)の後です。戦乱で荒廃した三木の町を復興するため、秀吉が大工や職人を各地から呼び寄せ、免税などの優遇政策を敷いたことで、鍛冶をはじめとする金物産業が急速に発展しました。
江戸時代には大工道具の産地として全国に名を馳せ、特に鉋と鑿は「三木の鉋」「三木の鑿」として大工職人の間で高い信頼を得ました。明治以降も技術の研鑽が重ねられ、日本の近代化を支える建築・土木の現場で三木の刃物は欠かせない存在となりました。現在も三木市は日本有数の金物産地として、伝統の鍛造技術を守り続けています。
播州三木打刃物の特徴と技法
播州三木打刃物の最大の特徴は、「鍛接(たんせつ)」と「鍛造」による手作りの刃物であることです。軟鉄の地金に硬い鋼(はがね)を組み合わせて鍛接し、繰り返し加熱と打撃を加えることで、粘り強さと鋭い切れ味を両立させます。この「割り込み」や「着け鋼」と呼ばれる技法により、使いやすく研ぎやすい、長く愛用できる刃物が生まれます。
焼き入れの工程では、職人が炎の色と鋼の変化を見極めながら最適な温度で急冷する必要があり、長年の経験と勘が問われます。さらに焼き戻し、研磨、仕上げと続く一連の工程を、それぞれの分野に特化した専門の職人が分業で担当する「社会的分業」の体制も三木の特徴です。鍛冶・焼き入れ・研磨など各工程のスペシャリストが連携することで、高品質な製品が安定して生産される仕組みが確立されています。
播州三木打刃物の現代の展開
現在も三木市内には多くの鍛冶屋や刃物メーカーが集積し、プロの大工や木工職人から一般のDIY愛好家まで幅広い層に支持される製品を生み出しています。伝統的な大工道具に加え、園芸用刃物やアウトドアナイフ、料理包丁など、現代のニーズに応じた製品開発も活発です。毎年11月に開催される「三木金物まつり」は全国から10万人以上が訪れる一大イベントで、職人の実演や刃物の特売が行われます。また、近年は海外のプロフェッショナルからの評価も高まり、「Made in Miki」のブランドは世界に広がりつつあります。
| 登録年 Designated |
1996年 |
| 種類 Type |
金工品 |
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播州三木打刃物 取扱店一覧 |
播州そろばん / Banshuh Soroban[Banshuh Soroban]
播州そろばん(ばんしゅうそろばん)は、兵庫県小野市を中心に生産されるそろばんで、国内生産の約70%を占める日本最大のそろばん産地です。樺(かば)や柘植(つげ)などの良質な天然木を用いて一つひとつ手作りされるそろばんは、珠(たま)の弾きやすさと正確な計算を支える精密な仕上がりで知られています。1976年に経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されました。
播州そろばんの歴史
播州そろばんの歴史は、安土桃山時代の天正年間(1573年〜1592年)にまで遡ります。豊臣秀吉の三木城攻めの際に、大津(現在の滋賀県大津市)から逃れてきた住民がそろばんの製造技術を小野の地に伝えたのが始まりとされています。大津はそろばん発祥の地として知られており、その技術が播磨の地で独自の発展を遂げることになりました。
江戸時代に入ると、商業の発展に伴いそろばんの需要は急速に拡大し、小野を中心とする播州地域はそろばんの一大産地として成長しました。明治時代の学校教育へのそろばん導入によりさらに需要が高まり、最盛期の昭和30年代には年間約360万丁を生産するほどの繁栄を見せました。電卓やコンピューターの普及により生産量は減少しましたが、そろばんによる計算力・暗算力の教育的価値が見直され、現在も確かな需要を保っています。
播州そろばんの特徴と技法
播州そろばんの製造には、約100もの工程と高度な職人技が求められます。そろばんは大きく分けて「枠(わく)」「桁(けた)」「珠(たま)」の三つの部分から構成され、それぞれに適した木材が厳選されます。枠には黒檀や紫檀などの硬い唐木、珠には樺や柘植など弾きやすく手に馴染む木材が使われるのが一般的です。
珠の製造は播州そろばんの品質を左右する核心的な工程です。木材を正確な菱形に削り出し、一粒ずつ均一なサイズと形状に仕上げます。珠穴は桁棒がスムーズに通り、かつ適度な摩擦で珠が正確に止まるよう、ミクロン単位の精度で加工されます。「二つ切り」と呼ばれる珠の中央を鋭角にする伝統技法は、指先での操作性を飛躍的に向上させる播州そろばん独自の技です。組み立て後は、珠の動きを一粒ずつ確認し、弾き心地が均一になるよう微調整を行います。
播州そろばんの現代の展開
現在、小野市は「そろばんのまち」として全国に知られ、市内にはそろばんの歴史と文化を学べる「小野市立好古館」やそろばん関連の展示施設があります。近年では、珠算教育の効果が脳科学の観点からも注目されており、計算力・集中力・記憶力の向上に効果があるとして、国内のみならずアジア各国でもそろばん学習の人気が高まっています。また、伝統的なそろばんに加え、インテリアとしてのデザインそろばんや、知育玩具としてのカラフルなそろばんなど、新たな製品展開も進んでいます。天然木の温かみある手触りと、パチパチという心地よい音は、デジタル時代だからこそ見直される確かな価値を持っています。
| 登録年 Designated |
1976年6月2日 |
| 種類 Type |
文具 |
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播州そろばん 取扱店一覧 |
播州毛鉤 / Banshuh Kebari[Banshuh Kebari]
播州毛鉤(ばんしゅうけばり)は、兵庫県西脇市を中心とする播州地域で生産される、渓流釣り用の伝統的な毛鉤(けばり・疑似餌)です。鳥の羽毛や獣毛を釣り針に巻きつけて水生昆虫に似せて作る精巧な手仕事で、日本の伝統的な毛鉤釣り(テンカラ釣り)に欠かせない道具です。1987年に経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されました。伝統的工芸品の中でも釣り具が指定されている例は極めて珍しく、全国唯一の指定毛鉤産地です。
播州毛鉤の歴史
播州における毛鉤製造の起源は江戸時代中期、享保年間(1716年〜1736年)頃にまで遡るとされています。播州地域は加古川や杉原川をはじめとする清流に恵まれ、古くからアユやアマゴ、イワナなどの渓流釣りが盛んな土地柄でした。この地の釣り人たちが、より効果的に魚を誘うための疑似餌として毛鉤の製造を始めたのがその起源です。
江戸時代後期から明治時代にかけて、播州の毛鉤は品質の高さが評判を呼び、全国の釣り人から求められるようになりました。特に明治以降、播州毛鉤は日本の毛鉤生産の大半を占めるようになり、一大産地として確立されました。最盛期には西脇市とその周辺地域に多くの毛鉤職人が活動し、年間数千万本もの毛鉤が生産されていたとされています。
播州毛鉤の特徴と技法
播州毛鉤の製造は、すべて手作業による極めて繊細な工芸です。一本の毛鉤を作るには、釣り針に絹糸で鳥の羽毛を巻きつける「毛巻き」と呼ばれる中核的な工程が必要で、わずか数ミリの針先に数種類の羽毛を層状に巻き付けていく高度な指先の技が求められます。
使用される羽毛は、ニワトリ(特に蓑毛と呼ばれる首周りの羽)、キジ、ヤマドリ、ホロホロ鳥など多岐にわたり、それぞれの羽毛が持つ色彩や質感、水中での動きの違いを職人が熟知した上で使い分けます。毛鉤が水中に入ったとき、流れを受けて羽毛が微妙に震え、あたかも生きた虫のように見える ―― この「水中での生命感」こそが播州毛鉤の真骨頂です。
毛鉤の種類は対象魚や釣りの時期・場所によって数百種類にも及びます。「赤熊(あかくま)」「黒熊(くろくま)」「孔雀(くじゃく)」「逆さ毛鉤」など、それぞれに独自の名称がつけられ、水生昆虫の種類や季節ごとの羽化パターンに合わせて使い分けられます。
播州毛鉤の現代の展開
近年、日本古来の毛鉤釣り「テンカラ」が国内外で注目を集めています。西洋のフライフィッシングとは異なり、リールを使わないシンプルな道具立てと、日本の渓流に適した独自の技法が、自然との一体感を求める釣り人たちの間で人気を高めています。特に海外では「Tenkara」として紹介され、そのミニマルな美学が高く評価されており、播州毛鉤の海外需要も増加傾向にあります。
また、播州毛鉤の精巧な美しさは工芸品・アート作品としての価値も認められており、額装された毛鉤のコレクションやアクセサリーとしての展開も見られます。後継者育成が課題となる中、西脇市では毛鉤製造体験のワークショップなども開催され、伝統技術の継承に向けた取り組みが続けられています。
| 登録年 Designated |
1987年4月18日 |
| 種類 Type |
その他工芸品 |
| 関連商品取扱店一覧 Shop |
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