日本三大疏水まとめ・一覧 / The Three Great Canals of Japan 〜住所、地図、開場時間、入場料(無料・有料)、定休日、アクセス・最寄り駅、駐車場、URL、電話番号〜
日本には古くから「日本三大○○」という表現で、優れた自然・建造物・文化を称える伝統があります。その由来は陰陽道における奇数の縁起の良さや、人が「三」という数字に安定感を感じやすい心理的理由から生まれたとされています。
今回ご紹介する「日本三大疏水」は、明治時代の近代化とともに築かれた歴史的な水路システムです。これらの疏水は単なる水路ではなく、荒れ地を豊かな農地へと変え、都市に水と電力をもたらし、地域産業の礎を築いた国家的プロジェクトでした。140年以上が経過した現在も、現役のインフラとして人々の生活を支え続けています。
日本三大疏水とは
疏水(そすい)とは、農業用水・水運・水力発電・生活用水など複数の目的のために人工的に開削された水路のことです。「疎水」とも表記されます。明治政府は「殖産興業」「富国強兵」の国策のもと、各地で大規模な土地開発と水利事業を推進しました。その中でも特に規模が大きく、地域の発展に多大な貢献をもたらした琵琶湖疏水(滋賀県・京都府)・安積疏水(福島県)・那須疏水(栃木県)の三つが「日本三大疏水」として知られています。
これら三大疏水はいずれも明治15年〜23年(1882〜1890年)という短期間に相次いで完成しており、明治国家が近代化のために集中的に水利インフラへ投資した時代を象徴しています。また、それぞれが農業・都市用水・水力発電・産業開発という異なる側面で地域を変革した点に大きな特徴があります。
三大疏水の比較一覧
| 疏水名 | 完成年 | 場所 | 主な目的 | 全長(概算) |
|---|---|---|---|---|
| 琵琶湖疏水 | 明治23年(1890年) | 滋賀県〜京都府 | 都市用水・水力発電・水運 | 約20km(第1疏水) |
| 安積疏水 | 明治15年(1882年) | 福島県郡山市・猪苗代町 | 農業用水・産業振興 | 約47km(幹線) |
| 那須疏水 | 明治18年(1885年) | 栃木県那須塩原市 | 農業用水・荒地開拓 | 約15km(幹線) |
琵琶湖疏水(びわこそすい)
歴史と背景
琵琶湖疏水は、明治23年(1890年)に完成した、琵琶湖の水を京都市へ引き込むための大規模水路です。明治維新後の東京遷都により人口・産業が激減し、衰退の危機に瀕していた京都を復興させるために構想されました。
この事業を設計・指揮したのは、当時わずか21歳の若き土木技術者・田邉朔郎(たなべ さくろう)です。工部大学校(現・東京大学工学部)の卒業論文として琵琶湖疏水の設計案を提出し、その完成度の高さから京都府に採用されるという異例の抜擢でした。日本人技術者のみで設計・施工を成し遂げた点は、当時の欧米技術者依存から脱却しつつあった明治日本の技術力の高さを示すものとして高く評価されています。
疏水がもたらした革新
全長約20キロメートルに及ぶ第1疏水は、飲料水の安定供給という基本的な役割にとどまらず、複数の産業革命をもたらしました。
- 日本初の事業用水力発電:明治24年(1891年)、疏水の水を利用した蹴上発電所が完成。これは日本初の事業用水力発電所であり、電力によって京都の路面電車(日本初)が走り始めました。
- 紡績・窯業の発展:水車動力が製造業に活用され、西陣織や京焼・清水焼などの伝統産業が近代化されました。
- 水運の確立:大津〜京都間の蹴上や伏見まで舟運が整備され、琵琶湖周辺の物資輸送が効率化されました。
- 農業用水:京都盆地の農地への安定した用水供給が実現しました。
さらに、大正2年(1913年)には第2疏水も完成し、京都の上水道整備がより充実しました。琵琶湖疏水は「世界かんがい施設遺産」にも登録されており、国際的にもその工学的・文化的価値が認められています。
現在の琵琶湖疏水と観光
現在も京都市の上水道として市民の生活を支えるとともに、疏水沿いの遊歩道は人気の観光スポットとなっています。特に春には哲学の道や岡崎疏水沿いに咲き誇る桜並木が絶景で、国内外から多くの観光客が訪れます。
疏水記念館(京都市左京区)では、明治時代の建設資料・図面・写真などを展示しており、田邉朔郎の業績と疏水の歴史を深く学ぶことができます。また、春(4月頃)と秋(11月頃)の限定期間に運航される観光船「びわ湖疏水船」に乗れば、大津市の三保ケ崎から京都市の蹴上まで、全長約9kmの水中旅を体験できます。トンネルをくぐりながら進む幻想的なクルーズは、他では味わえない特別な体験です。
| 住所 Address |
滋賀県・京都府 |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| 開場時間 Opening hours |
24時間(疏水記念館は9:00-17:00) |
| 入場料 Admission fee |
無料(疏水船は有料) |
| 定休日 Holiday |
無休(疏水記念館は月曜日休館) |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
京阪電気鉄道びわ湖浜大津駅(徒歩約10分) 地下鉄東西線蹴上駅(疏水記念館へは徒歩約7分) |
| 駐車場 Parking Lot |
周辺に有り |
| URL URL |
https://www.city.kyoto.lg.jp/suido/page/0000006469.html |
| 電話番号 Phone number |
075-761-3171(+81 75-761-3171) |
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安積疏水(あさかそすい)
歴史と背景
安積疏水は、明治15年(1882年)に完成した、猪苗代湖の水を福島県安積平野(現・郡山市周辺)へ引き込む大規模灌漑事業です。この地域はかつて「逢瀬が原」「安積が原」と呼ばれた火山灰台地の荒野で、慢性的な水不足に悩む不毛の土地でした。
事業の発起人は明治政府の内務卿・大久保利通(おおくぼ としみち)です。大久保は殖産興業政策の一環として、荒れ地を農業地帯に転換する開拓事業を構想しましたが、明治11年(1878年)に暗殺されるという悲劇に見舞われます。しかし彼の「最期の夢」はその意志を継いだ官僚・技術者たちによって引き継がれ、オランダ人土木技師コルネリウス・ヨハネス・ファン・ドールン(C.J. van Doorn)の指導のもと、延べ85万人もの人々が従事した大工事として実現しました。幹線延長約47キロメートルに及ぶ水路網が、わずか3年で完成したことは当時の土木技術の粋を集めた偉業でした。
疏水がもたらした変革
安積疏水の完成は、安積平野に劇的な変化をもたらしました。開削前は数百人規模の小集落しかなかった郡山は、農地の急速な拡大とともに人口が増加し、農業の発展が工場誘致につながりました。明治後期から大正期にかけて郡山は「東北のシカゴ」と称されるほどの工業都市へと成長を遂げます。
- 農地の拡大:灌漑により約9,000ヘクタールもの農地が整備され、米・野菜・果樹の一大産地となりました。
- 水力発電:疏水の水を利用した発電所が建設され、郡山の工業化を電力面から支えました。
- 人口増加と都市発展:農業移民の入植が進み、荒野だった土地に新たな町が形成されました。
平成19年(2007年)には「世界かんがい施設遺産」に登録されたほか、令和元年(2019年)には日本遺産「未来を拓いた『一本の水路』―大久保利通"最期の夢"と開拓者の軌跡 郡山・猪苗代―」としても認定され、その歴史的・文化的価値が広く認められています。
現在の安積疏水と観光
現在も安積疏水は現役の農業用水路として機能し、約9,000ヘクタールの農地を潤し続けています。疏水の取水口がある猪苗代湖周辺から郡山市内まで、各所に歴史的な水門・隧道(トンネル)・橋梁などの土木構造物が残されており、歴史散策が楽しめます。
また、疏水沿いには桜の名所が多く、4月上旬〜中旬には水路沿いの満開の桜が美しいコントラストをなします。郡山市内の安積疏水土地改良区では疏水の歴史資料も閲覧でき、事前に申し込むことでガイドによる説明を受けることも可能です。
| 住所 Address |
福島県郡山市・猪苗代町 |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| 開場時間 Opening hours |
24時間 |
| 入場料 Admission fee |
無料 |
| 定休日 Holiday |
無休 |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
JR郡山駅よりバス・自動車(取水口へは猪苗代駅より約20分) |
| 駐車場 Parking Lot |
周辺に有り |
| URL URL |
https://www.asakasosui.jp/ |
| 電話番号 Phone number |
024-922-4595(+81 24-922-4595) |
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那須疏水(なすそすい)
歴史と背景
那須疏水は、明治18年(1885年)に完成した、那珂川の水を栃木県那須野が原に引き込む水利事業です。那須野が原はかつて「水なし野原」と呼ばれた関東最大の火山灰台地で、水が乏しく農業に不向きな広大な荒野が広がっていました。
この疏水建設を推進した主な人物として、印南丈作(いんなみ じょうさく)・矢板武(やいた たけし)・大山捨次郎(おおやま すてじろう)らが挙げられます。那須疏水の特筆すべき点は、安積疏水や琵琶湖疏水が政府主導であったのに対し、地元有志による純粋な民間資本・民間主導で実現した疏水であることです。国の補助に頼らず、開拓者たちの自助の精神と強い意志によって完成したこの事業は、明治の民間活力と開拓者精神を体現する象徴的な事例として高く評価されています。
疏水がもたらした変革
那須疏水の完成により、水に恵まれなかった那須野が原は劇的に変貌しました。明治中期以降、華族・旧藩主などの有力者が競って農場を開設し(いわゆる「那須野が原の華族農場」)、入植者が増加しました。農業用水の確保で米作・畑作が可能になったほか、豊かな牧草地を利用した酪農業が発展し、現在の那須は「全国有数の酪農地帯」として知られています。
- 農地の拡大:約3,000ヘクタールの農地が整備され、米・野菜・酪農製品の産地となりました。
- 人口増加と定住:開拓農民の入植が進み、現在の那須塩原市・那須町の市街地形成につながりました。
- 観光農業の基盤:那須の豊かな自然と農業環境が現在の高原リゾートとしての那須の魅力を支えています。
那須疏水も安積疏水と同様に「世界かんがい施設遺産」に登録されており、国際的な農業水利遺産としての価値を持っています。
現在の那須疏水と観光
現在も那須疏水は農業用水路として稼働を続け、那須塩原市の農地を潤しています。疏水沿いには整備された遊歩道があり、のどかな田園風景と那須連山の眺望を楽しみながら散策することができます。取水口付近には疏水の歴史を紹介する案内板が設置されており、往時の開拓の苦労をしのぶことができます。
また、那須高原は温泉・グルメ・牧場体験など多彩な観光資源に恵まれており、疏水見学と組み合わせた歴史探訪の旅を楽しめます。春の新緑・夏の高原・秋の紅葉・冬の雪景色と、四季を通じて美しい表情を見せるエリアです。
| 住所 Address |
栃木県那須塩原市 |
| 地図 Map |
地図(Map) |
| 開場時間 Opening hours |
24時間 |
| 入場料 Admission fee |
無料 |
| 定休日 Holiday |
無休 |
| アクセス・最寄り駅 Access, Nearest station |
JR那須塩原駅・黒磯駅より自動車(約20分) |
| 駐車場 Parking Lot |
周辺に有り |
| URL URL |
https://www.city.nasushiobara.lg.jp/44/004187.html |
| 電話番号 Phone number |
0287-37-5419(+81 287-37-5419) |
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三大疏水に共通する遺産としての価値
琵琶湖疏水・安積疏水・那須疏水の三つは、単なる水路工事の枠を超えた歴史的・文化的遺産です。明治政府と地域住民が一体となって荒野や衰退した都市に命を吹き込んだこれらの事業は、150年後の今日も現役のインフラとして稼働しているという点で世界的にも稀有な存在です。
- 世界かんがい施設遺産(琵琶湖疏水・安積疏水・那須疏水):国際かんがい排水委員会(ICID)により3疏水すべてが登録されており、農業水利遺産として国際的に評価されています。
- 日本遺産(安積疏水):大久保利通の構想から始まる歴史的ストーリーが文化庁により認定されています。
- 土木学会選奨土木遺産(各疏水):明治期の高度な土木技術の結晶として学術的にも高く評価されています。
まとめ:日本三大疏水を訪ねる旅へ
日本三大疏水はいずれも、明治という激動の時代に先人たちが情熱と技術を注ぎ込んで完成させた歴史遺産です。荒れ地を農地へ、水不足の都市に水と電力を供給し、日本の近代化を地方から支えたこれらの疏水は、140年以上を経た現在も現役で稼働し続けています。
それぞれに異なる特色があります。琵琶湖疏水は都市復興と産業近代化の象徴として京都の町と一体化した観光体験が魅力です。安積疏水は大久保利通の夢と国際協力(オランダ人技師)が交差した壮大な国家プロジェクトとして、日本遺産のストーリーをたどる旅が楽しめます。那須疏水は民間主導という日本では珍しい開拓精神の証として、今も酪農と農業が息づく那須高原のリゾートと組み合わせた旅が魅力です。
春の桜シーズン・夏の新緑・秋の紅葉と、それぞれのロケーションで四季折々の美しさを楽しめます。歴史好き・土木遺産好き・農業・自然に関心がある方まで、幅広い旅行者にとって価値ある訪問先です。ぜひ日本三大疏水を訪れ、明治の先人たちが切り拓いた偉業の跡を肌で感じてみてください。

