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since 2006/01/01

03:内観の最近のブログ記事

思い出のあの街へ

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本日は休日出勤の振替休日が取れることになり、お休みでした。
平日に休みが取れたので、今はもう使っていないローカルな銀行口座を停止するために学生時代をすごしたあの街へ行ってきました。


電車を降りるときなぜか少し緊張しました。なんだか昔の仲間たちが今もいるような感覚さえしました。
まず、最初の目的を果たすためにすぐさま銀行へ。1時間ぐらい待たされました。いろいろな事情で俺の初任給も受け取って去年の末まで使っていた銀行口座ですが、今住んでいる場所では遠すぎるし、引き落としに手数料もかかる。長い間の感謝を込めつつ閉鎖させてもらいました。


せっかくなので、あたりを歩くと一年半前とだいぶ変わっていました。工事中だった線路の下を通るでかい道が完成していました。そして、電飾が派手だったパチンコ屋がつぶれ、ボーリング場がある交差点の工場がつぶれて見晴らしがよくなっていました。


さらに、大学のほうへ歩いていくと昔行きつけだったラーメン屋の建物がきれいに改装されていました。そして、もうひとつ行きつけだった定食屋もまだありました。時間が遅かったのでやっていませんでしたが、おそらく潰れていないでしょう。


そのまま、昔住んでいたマンションの裏にある公園へ行きました。昔は時々その公園付近を歩きながら考え事をしたものです。今も昔と変わらず緑に囲まれた静かなところです。ツツジもたくさん咲いていました。


そして、また考え事をしながら歩きました。今日考えていたのは、現在の自分が過去の自分を客観的にみるように過去の自分から現在の自分をみたらどうだろう、ほかの誰かから尊敬されるよりも過去の自分が「お前、本当に俺かよ!」って思うような自分になったらいいんじゃね、などなど。


その後、思い出の街を離れ平安神宮へ。
ここへ行きたくなったのは、昔のことを色々と思い出してしまったから。やはりここの周辺は落ち着きます。ずっと留まっていたいような気持ちになります。
京都会館を通ると昔のサークル仲間の姿をぼんやりと思い出してしまいました。
京都はいい所ですが、思い出が多すぎますね。景観や雰囲気だけを純粋に楽しめないところが残念です。


今日は色々と懐古的な考えをめぐらしていましたが、「過去の自分が尊敬するような自分を目指す」という一つの新しい考え方を思いついたことが唯一の収穫です。
幾度と無く思っていることですが、思い出に耽っていても何も始まらない、何も進まない。それが分かっていても、このような場所に来ると悪い癖が出てしまいます。


最近、自分ひとりで険しい自然を求めるようになったのは自分以外の誰かと思い出を作ることが怖いのかもしれません。


取捨選択

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この2年間、2つの社会人の合唱団を両立して活動してきましたが、そろそろ1つを削らなければならない時期に来ました。


社会人になったときから、2つの両立の難しさを感じていました。学生のときより練習時間も限られ演奏の質も落ちているのがはっきりとわかります。
一方で年を重ねるごとに忙しくなるのは先輩方を見ていると目に見えているし、自分の中でもっと技術力を磨く時間を増やしたいという思いは日を追って大きくなる一方です。
前回の記事で「恐れ」について書きましたが、今回は違います。自分の成長に必要なものに優先順位は必ずあります。


もちろん自分のやりたいこと全てを経験することができれば言うことはないでしょう。
ただ、どんなに行き急いでも時間は無限ではないし、その時、その年齢で力を入れておくべきことを見極めることは重要だと思います。今の自分には仕事の専門性を磨くことがやるべきことだと判断したわけです。
合唱仲間には申し訳ありませんが、数年後の将来を見据えた決断です。


この一年で気づいたこと

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なんだか作文書く勢いの題名ですが・・・
この一年で成長したことというか、気づいたことです。
今まで、「面倒だ」、「やる気が起きない」と思っていたことは8割方、自分の中で恐れを抱いて逃げていたのです。
残りの2割は本当に無駄だといえるものですが。


仕事にしろ、資格にしろ、趣味にしろ「面倒だ」、「やる気が起きない」と思ったとき、その感情を抱く事象はいずれも自分を成長させてくれることばかりなのに、自分の中で都合のいい理由付けをしていたことにようやく気づきました。
例のごとく、色々な本を読んで同じような内容がリンクして繫がったときが気づいたきっかけです。
自分が作り出す自己暗示。むしろ、それが恐ろしいと感じた瞬間でした。


自分で精神的に成長したいと言いながらも知らないうちに逃げている自分はなんて浅はかだったんだろう。
その後は、常に自分が目の前の問題に恐れを抱いていないか確認しながら、行動をとるようにしています。
自分が気づいていないだけで、ほかにも面倒な思い癖があるような気がします。道のりはまだまだ長そうです。


迷悟

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物質的な価値観を無くしていくうちに、過剰な禁欲主義に走っていた。怒りや哀しみだけではなく、喜びや楽しみの感情まで捨て去ろうとしていた。しかし、精神的な欲望が満たされないと物質的な欲望を求めてしまうという悪循環。すべてを否定せざるを得ない状況で何も行動が起こせない状態がしばらく続いた。

だが、夜空にオリオン座がはっきりと輝いているのを見て、無意識に喜びを感じている自分がいた。否定することにも疲れていて喜びと楽しみは許容することにした。やはり人生を楽しいものにしたいという欲望を消すことはできない。むしろ、その感情を利用していく方が理性的だろう。

素直に困難な問題を解決する過程を楽しみ、解決した結果を喜べばいい。物質的な価値観を捨てた時点で消極的な感情はほとんど残っていない。理性と喜び、楽しみの感情で全てを学びとして受け止めること。これが俺の求める生き方だ。

これで、人の中に入っていっても精神的な依存をしないという目的を達成できそうだ。

終止符

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愚かな魂よ。
その命を捧げて償え。

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